*

HRM Magazine

人事担当者のためのウェブマガジン | Human Resource Management Magazine
HOME
 HR BOOKs
  

書評 2015.05

働き方の教科書

 近未来の社会と働き方(変わること・変わらないこと)をかみ砕いて解説した分かりやすさ抜群の雇用問題入門書。レクチャーの内容は当然,労働法の枠組みに沿うものだが,本書はそれ以前の部分(働く意味・原理)にウェイトを置き,かつ深掘りを試みている点でユニークだ。例えば“働き過ぎて死にそうな人と仕事がなくて死にそうな人が共存する状態”を想定し,そこから「分業」の意味を考えさせる。あるいは“すべての人に出番がある社会”を前提に「比較優位性」の概念を説明する。人材価値と需給の関係では,労働者が仕事を奪い合うのではなく,企業が人材を奪い合う環境のほうが望ましいとし,マクロ経済のあり方にも言及している。一方,今後の構造変化によって,公務員や大企業といった所属による安定は難しくなるとも見通し,読者個人には職場が変わっても収入が途切れない“新しい安定”を模索するよう心構えを諭している。労使対立に陥りがちな諸テーマを中立的に扱い,生き方のヒントに踏み込むスタンスからは著者の正義感もうかがえる。

●著者:安藤至大  ●発行:筑摩書房/2015年3月10日
●体裁:新書版/215頁  ●定価:780円(税別)

本社はわかってくれない

 東南アジア諸国に進出する日系企業社員らが巻き込まれた大小のトラブルを,現地事情に詳しいライターらが綴った1冊。深刻にして笑えるレポートがグイグイ読ませる。「雨が降ると浸水するので会社に行けない」「残業を命じられたので会社を辞める」「遅刻禁止のルールがないので定時出社しない」「妻の浮気が心配なので地方出張には行かない」などは序の口。仕事中の雑談や遊びが多い職場でも叱り方は要注意で,「短気で仕事のできる日本人は失敗する」と現地コンサルタントのコメントも紹介している。「有名大学卒でも,公認会計士でも,新卒でも不正を働く」「警察も裁判所もカネを積まないと動かない」という異文化を描きつつ,トピックが出尽くしたところで,本社側の課題も引き出している。例えば“屋台で食べるな”“高級コンドミニアムに住め”といった社則が,現地社員との間に壁を作っているとの危惧の声もあるようだ。ふと気づけば笑いごとではなく,人事担当者自身もこの手の修羅場経験が欠かせないのではないかと考えさせられる。

●編者:下川裕治  ●発行:講談社/2015年3月20日
●体裁:新書版/199頁  ●定価:740円(税別)

目標未達でも給料が上がる人

 様々な職場に「目標」が設定され,事実上,ノルマ管理のベースになっている運用例も多い。しかし,「連続100%達成」などというのはレアケースであり,ほとんどの勤労者にとって「未達は普通だ」と著者は現実を追認する。各自が異なる環境に置かれた状態でそもそも公平な目標設定など不可能であり,結果に対する上司の評価もばらつくのが宿命だと指摘している。そのうえで,給料を上げるにはどうすればいいのか,正論から姑息な手法まで工夫点を探り,社内遊泳のテクニックにまとめている。正論の部分では,モチベーションの仕組みに触れ“やらされ感”からの脱出を示唆。また,直属の上司がズレているリスクも見据え“人事部の目のつけどころ”を紹介し救いにつなげている。姑息の部類だと,目標設定時の単語の言い換え,達成度が低くても「実は難易度が高かった」と納得させるアリバイづくり,評価面談での言い方や駆け引きの策なども並ぶ。加えて,勤務態度や周囲を味方につける大事さも説き,硬軟幅広いユーモラスなアドバイスが楽しめそう。

●著者:福田 稔  ●発行:KADOKAWA/2015年3月25日
●体裁:新書版/239頁  ●定価:820円(税別)

日本のエリート

 軍人・官僚・学者・政治家・経営者らを「エリート」と想定し,近現代史を振り返りながら,その役割・功罪を問い,改めて我が国の人材課題を探っている。旧日本軍のカテゴリーではとりわけ陸軍幼年学校卒グループに注目。試験入学・学費不要の仕組みが出身階級や情実を排除し公平感を維持したと功を認める一方,硬直した年次管理が後々の悲劇的結末をもたらしたと罪の要素を検証している。また,官僚のカテゴリーでは文部行政を俎上に載せ,近代国家の教育水準を飛躍的に向上させる役割を果たしたと評価。実質的な公務員試験「高等文官試験」が藩閥偏重人事からの脱皮を実現したとエリート育成のメカニズムを考察している。時代を進めて直近の動向については,政治家も経営者も凡庸で小粒になったと見て,「エリート不在」の原因をいくつか挙げる。是正の方策では,あえて「エリート不要論」を持ち出したうえで,「無理やりエリートを作る必要もないが,意欲のある人は育てる必要もある」と現実論に揺り戻し,「知的エリート」の養成を提案している。

●著者:橘木俊詔  ●発行:朝日新聞出版/2015年4月30日
●体裁:新書版/229頁  ●定価:760円(税別)

HRM Magazine.

【評】 久島豊樹 Kushima Toyoki