*

HRM Magazine

人事担当者のためのウェブマガジン | Human Resource Management Magazine
HOME

理想の人事制度を求めてはならない

(株)グローセンパートナー 執行役員・ディレクター 吉岡利之

 突然ネガティブなタイトルで申し訳ない限りですが,今年こそは人事制度を構築・改定しようと考えている経営者や人事担当者の方にぜひともお伝えしたいことです。みんなに喜ばれる理想的な(=社員全員が納得して,モチベーションが上がって,あらゆる問題を解決するような)人事制度を追求するのは止めましょうということです。筆者は人事制度構築のコンサルティングを生業としていますが,このような理想的な制度は構築できないし,見たこともありません。……と書くと,自己否定のようですが,これには明確な理由があります。

■みんなの納得はそもそも得られない

 制度構築・改定する側からすれば社員全員(もしくは大多数)が納得し,制度導入が歓迎されるに越したことはありません。そして,コンサルタントが支援を依頼される際も,まさにその点を担当者から強調されます。しかし,それは極めて困難です。というのも,制度改定などで何かを変えるというのは,新たに有利になる人と不利になる人を作り出す行為だからです。財布の中身(原資)が限られている以上は,再分配という方法を考えるしかありません。
 分かりやすい例では,「人生100年時代」や「一億総活躍」といった文脈に即して,定年延長という施策を取った場合,人件費が増額になるケースがほとんどですが,必ずしも相当額の売上・利益を確保できるわけではありません。そうすると全体の給与カーブを緩やかにする(上がり幅を抑える)という選択が人件費上無難な対応策となりますが,中高年はともかく若手・中堅は納得しづらいでしょう。

■ベストプラクティスは使えない

 不思議なのは,サービスや商品は差別化を志向するのが当然なのに,なぜか人事施策だけは他社事例がほしい,他社でうまくいった施策を導入したいという考えになりがちなことです。人事の世界はそもそもアウトプットが抽象的なだけに均質化を求めたくなる気持ちがどうしても出てしまいます。しかし,他社事例を参考に,自社の事情などを深く考慮しながらカスタマイズしていくのはよいとしても,そのまま導入するのはまず無理があります。社員の価値観,働き方,サービスの在り方などが異なれば,取るべき施策や導入可能な方法なども異なるからです。例えば,“着実に成長するキャリアパスと等級制度,格差が少なく安定的な報酬制度を導入して,社員の定着率が上がった”という事例があったとしても,“数年で経営層になりたい”“高報酬を得たい”と思っている社員が多いベンチャー志向の会社であればミスマッチとなりかねません。

■“理想の絞り込み”から始めよう

 理想的な人事制度がないというのは分かったが,じゃあどうすればいいのか? というのが最大の疑問だと思います。筆者として提言したいのは,制度構築・改定に取り組む前に「訴求する対象者や,解決したい問題点を絞り込む」ということです。要は,みんなが納得する総花的な理想ではなく,“この人たちに納得してもらい(できれば喜ばれ)”“この問題が解決できれば理想的だ”というターゲットをあらかじめ定めておくことです。先に述べたように制度構築・改定で不利になる社員やデメリットも発生するはずなので,その点も併せて把握しておくとよいでしょう。ターゲットさえ定めておけば,それを実現するような制度設計は十分に可能ですし,社員に伝えたいメッセージも尖ったものになります。また,この部分が決まれば,あとは手法に則って制度を組み立てればいいので,スムーズに進みます。「一年の計は元旦にあり」ではありませんが,人事制度の構築・改定も「始めにあり」と考えることが肝心です。

(月刊 人事マネジメント 2018年2月号 HR Short Message より)

HRM Magazine.

 
1975年生まれ。慶應義塾大学文学部史学科卒。法律系出版社ぎょうせい入社後、コンサルタントに転身。日本経営システム研究所、プライスウォーターハウスクーパースを経て現職。一部上場企業から中堅・中小企業、ベンチャー企業に至るまで、数多くの組織・人事戦略立案、人事制度・役員報酬制度構築、人件費診断に携わる。中小企業診断士。著書に、『ダイアローグ型人事制度のすすめ』共著、『アジアに進出する中堅・中小企業の失敗しない人材活用術』共著、『社長が代わると、どうして人事制度が変わるのか』単著、『今さら聞けない人事制度の基礎48』単著、(いずれも日本生産性本部生産性労働情報センター)がある。

>> 株式会社グローセンパートナー
 http://www.growthen.co.jp