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「考える力」を育てるには

(公財)流通経済研究所 サステナビリティ部門研究員 寺田奈津美

■本当に大切で正しいことを考える機会を

 「指示待ちの社員が増えている」「リスキリング制度を整えても,自主的に学ぶ人が少ない」「パーパスを掲げたが,現場で自分ごと化されていない」……こうした悩みを抱える人事担当者は,少なくありません。変化の激しい時代といわれて久しく,ビジネスチャンスが広がる一方で,コンプライアンスやレピュテーションリスクは複雑化し,前例のない判断を迫られる場面が増えています。経済状況の変化,地政学リスク,気候変動,人権やハラスメント,働き方の多様化,サイバーセキュリティなど,どれも単純な正解はなく,これまでの成功パターンの繰り返しだけでは対応が難しくなっています。
 一方で,業務の現場ではDXや効率化,生成AIの普及などにより,「早く正しく処理する力」は確実に高まっています。しかし,従業員が自分の業務や判断について「本当に適切なのか」「どこかにリスクがあるのではないか」と立ち止まって考える時間は,むしろ減っているのではないでしょうか。
 今,企業に求められているのは,知識量やスキルの高さ以上に,何をすべきかを判断できることです。その土台となるのが倫理的思考です。倫理的思考とは,「何のためにこの仕事をしているのか」「誰にどんな影響を与えているのか」といった,当たり前の前提を問い直す思考のことです。

■「問い」から判断基準を鍛える方法

 では,人事として何から始めればよいのでしょうか。1つの方法が職場への「倫理・哲学」の導入です。「倫理・哲学をビジネスに導入する」といっても,特別な専門知識は必要ありません。重要なのは,「正解を教える場」ではなく,「問いを共有する場」の設定です。例えば,次のような問いから始めます。
・私たちの仕事は,誰の役に立っているのか?
・自社の事業は,社会にどのような善い影響・悪い影響をもたらしうるのか?
・利益と社会的責任が衝突したとき,何を優先するのか?
・自分自身の生きがいや,働くうえで本当に大切にしたい価値は何か?
 こうした問いにつき,役職や部門を越えて対話を進めます。大切なのは結論を出すことではなく,「問いを立て,考える」というプロセスそのものの体験です。同時に,他者の話を丁寧に聴き,自分の考えを言葉にして伝えるという,思考と対話の往復を重ねていきます。その過程で,自分の前提や価値観に気づき,判断基準を少しずつ言語化できるようになります。対話を通じて,「考える力」「聴く力」「語る力」が育まれるとともに,組織内のつながりづくりにもなります。実際に,パーパス浸透ワークショップや管理職研修にこうした対話を取り入れ,参加者の視野が広がったという企業も出てきています。海外では,哲学者マルクス・ガブリエル氏が「倫理資本主義」を提唱し,企業活動に倫理的視点を取り入れる必要性を指示しています。日本でも,哲学者と企業が連携し,経営や技術開発に倫理的視点を導入する動きが始まっています。
 自ら考え,判断し,主体的に動く自律型人材を育てるためには,まずは「問いを共有する組織文化」を作ることから始めてみてはいかがでしょうか。最初は有志による希望者を募り,昼休みの30分からでも構いません。小さく対話の時間を設け,定期的に続けていくことで,継続して関わる人たちの思考の姿勢は,確実に変わっていきます。変化の時代において,企業の競争力を支えるのは,問い続け,自ら判断できる人材ではないでしょうか。

(月刊 人事マネジメント 2026年4月号 HR Short Message より)

HRM Magazine.

 
広島県生まれ。京都大学 文学部 行動・環境文化学系 社会学専修 卒業。日立ビルシステム勤務を経て、2023年 流通経済研究所入所。流通事業者のサステナビリティ分野(特に環境問題、人権・人的資本問題等)を専門とし調査・コンサルティング業務に従事。経済産業省、農林水産省、東京都など国や複数の地方自治体の商慣習見直し、食品ロス削減・リサイクル促進、フードバンク支援事業において事務局などを務める。現在は、倫理・哲学の視点をビジネスに導入し、企業のサステナビリティ経営を後押しする方法を研究。海外で先行するCPO(最高哲学責任者)の国内での導入、エンゲージメント調査の評価に加え、企業のパーパス策定から従業員への浸透までを一体的に支援する「パーパスワークショップ」を通じた伴奏型支援のあり方、組織の存在意義を問う倫理哲学研修の企画方法、若手×幹部対話支援の運営手法を研究・実践の対象としている。

>> (公財)流通経済研究所
   https://www.dei.or.jp/





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