書評 2010.05
人事再考
ビジネス環境が大転換期を迎えている今,人事施策のあり方を問い直す動きも多方面で始まっているようだ。ただ,かつての人事制度改革ブームとは異なり,目指すべき方向や改良点が具体的に見えにくい時空間に私たちは立たされている。他社事例はあまり役に立たず,自社特性を踏まえ,変えるべきことと守り抜くことをよく見極めて試行錯誤を重ねていくしか道は拓けないのかもしれない。
本書もまた人事戦略の全体像といくつかのキーとなる施策について“再考”し,そのプロセスで得られた研究成果を再構成して読者に提示しようとしている。執筆は,三菱UFJリサーチ&コンサルティング・組織人事戦略部のメンバーら10人が担当。「人事フレームワーク」の設計に続いて,「目標管理制度」「業績連動賞与」「人事評価制度」「グローバル人材管理」「業務改善」「モチベーション管理」「給与制度」「退職給付制度」の各項目を洗い出し,新たな施策を模索している。今後取り組むべき人事戦略の足がかりとして一読の価値はありそうだ。
●編著者:堀田達也 ●発行:文芸社/2010年3月15日
●体裁:四六版/223頁 ●定価:1,500円(税別)
日本の15大同族企業
民間企業のほとんどは「家業」から始まっている。それが時代の波に乗り成長を遂げるに従い「社会の公器」へと変質していく。そこに至ってなお,経営陣を創業家が占めるケースがある一方で,脱同族を巡る内紛も無数に繰り広げられてきた。世襲を断ち切ることで成長を持続させる会社,所有と経営を分離させて共存の道を歩む会社ほか,スタイルはいろいろである。本書では,トヨタ自動車,パナソニック,三洋電機,阪急鉄道,東京急行電鉄,西武鉄道・セゾングループ,大正製薬,鹿島建設,ブリヂストン,味の素,出光興産,日本生命,武田薬品工業,松坂屋,マツダの15社の歴史と家系を追い,同族経営の実態に迫ろうとしている。いずれも創業から今日まで,戦争を前後するなど壮絶なサバイバルを経験している。同族経営は,単に求心力の根拠としての存在だけでは困難で,戦略的な後継者育成策と優れた当事者能力に負うところが大きい。もはや人事部マターを超えた話かもしれないが,“人の動き”をダイナミックに俯瞰できる面白さは抜群だ。
●著者:菊地浩之 ●発行:平凡社/2010年3月15日
●体裁:新書版/303頁 ●定価:760円(税別)
今すぐ捨てたい労務管理の大誤解48
社労士として30年にわたり千数百社の労務相談を受け,その解決を図ってきたという著者は,未払い残業代や解決金,損害賠償などの負担に耐えられず「労務倒産」する会社が今後増加すると予測している。そして,これら深刻な事態を招く労務管理の不手際は,そもそも「誤解」に基づくものが大半だとし,8 章(@就業規則,A雇用,B賃金・労働条件,C休日・休暇,D残業・労働時間,E解雇・リストラ,Fトラブル処理,Gメンタルヘルス)からなる48の誤解項目を紹介している。例えば就業規則は「社労士に任せてあった」というだけでは不十分であり,労働時間,休日,定年退職年齢など法改正のたびにこまめに訂正していく必要があると警告している。また,不利益変更を恐れるあまりどんなに苦しくても福利厚生を見直せないなど,必要以上に経営を圧迫している誤解も指摘。規則は会社を守るためにあるとの解釈を示す。いずれの誤解項目も,ちょっとした相談ストーリーから語られ,読みやすくリアルに理解できる構成がありがたい。
●著者:岡本孝則 ●発行:幻冬舎/2010年3月24日
●体裁:四六版/224頁 ●定価:1,300円(税別)
格差の壁をぶっ壊す!
「私が格差論を語ると聞いて,驚いた人も多いかも知れない」―これが冒頭の1 行である。東京地検特捜部に逮捕されたあの人が,所得格差,世代間格差,職業格差,教育格差,情報格差,地域間格差,福祉格差,男女格差,恋愛格差,結婚格差,見た目格差,印象格差,格差思想を語る。ライブドア絶好調の頃から時間が経過し,若さゆえ変わるべきは変わったのではないかと勝手な期待を抱くと読者は裏切られる(要するに基本的には変わっていない)。貧乏の悲しさ,嫉妬される金持ちの両方を知り得る者と自らを位置づけ,本書では格差是正絶対論者へのカウンターパンチを狙うとも述べる。一律平等思考のナンセンスさ,ねたみ感情の愚かさ,嫉妬ではなく自身が上を目指して行動するか今の環境で暮らせるよう調和を図るかしかない,といった主張の理解は容易だ。ただ,精緻な統計資料を持ち出しながら,一方でおおざっぱで断定的な物言いをするなど,課題に対する記述の浅さは気にかかる。元気の良さに救われるか,頭を抱えるかは,読者次第か。
●著者:堀江貴文 ●発行:宝島社/2010年4月24日
●体裁:新書版/192頁 ●定価:648円
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