書評 2010.12
パワハラにならない叱り方
今の時代は組合・先輩・長老らによる調停機能が低下し,パワハラを含む職場の紛争が容易に法的手段に発展する傾向にある。しかし,労働法および判例は主に労使対立を前提に築き上げられており,人間関係の個々のトラブルを解決する基準としては馴染みにくい実態があると著者は指摘する。本書のタイトルから管理者用のお手軽な部下指導ガイドを連想されるかもしれないが,内容は「労働判例研究」といえる。判決文の原文を多く掲載し,前後の関係を正確につかんだうえで法廷の判断(裁判官の苦労)を読み解いていく。例えば,新人の手助けをしないという先輩らのいじめは「安全配慮義務違反」が根拠になるという。リストラを巡っては,経験・知識にふさわしくない配置をした場合は「人格権(名誉)の侵害」になり,また,精神的に不安定な状態での業務変更への合意は「公序良俗違反」になるといったケースを紹介している。様々な職場のトラブルと判例解説を通じて,本書は労働法のあり方をも同時に問いかけているようだ。
●著者:道幸哲也 ●発行:旬報社/2010年10月15日
●体裁:四六版/159頁 ●定価:1,200円(税別)
希望のつくり方
著者の研究課題の1つ「希望学」に沿った内容で,労働観,キャリア観,人材観,人生観など広範囲にフックする論考が興味深い。希望の有無は,年齢,収入,教育機会,健康が影響するといった統計分析を示しつつも,数値で割り切れない部分に多くの考察を試みるスタンスが本稿の説得力を高めている。希望を成立させるキーワードとして,wish(気持ち),something(大切な何か),come true(実現),action(行動)の4つを見つけ,「希望とは,行動によって何かを実現しようとする気持ち」と定義づける。さらに「他者との関係性」も加えて,社会全体で希望を共有する方策も探る。一方で「希望の多くは失望に終わる」という現実も直視しつつ,「希望の修正を重ねることでやりがいに出会える」とも述べる。また,「挫折をくぐり抜ける体験」「無駄な努力を厭わない姿勢」も有効な要素だと読み解き,「逃げずに挑戦する中で希望も見出せる」と結ぶ。大人の3人に1人が「希望がない・諦めている」と回答する困難な時代にこの1冊は染みる。
●著者:玄田有史 ●発行:岩波書店/2010年10月20日
●体裁:新書版/227頁 ●定価:760円(税別)
ダメになる会社
会社の所有と経営責任について学者の立場から論じた本ではあるが,ユーモラスでユニークな筆運びはエンターテインメントに近い。まず,所有権を根拠に物言う株主について「夢に懸ける馬主」なのか「金を賭ける馬券購入者」なのかを問う。その上で,経済学・経営学をおさらいする形で会社法の歴史,米国SOX法,J-SOX法など規制の概要を紹介。ガバナンス論を語るのかと思ったら,続けてエンロン事件,大和銀行ニューヨーク支店事件などを引き合いに「ガバナンス論の不毛」を力説する。つまり,内部統制のシステムをいくら整えても本質的な不正防止には至らず,実質的に内部牽制が働く状況にあるかどうかがポイントだと述べる。また,ヤオハンの経営破綻とその後のイオンによる再建事例から,オーナー経営者に対比させて専門経営者の役割に注目。持ち株比率制限,議決権行使,監査システム等のガバナンス機能によって経営者を規律づけることは困難だとし“単純化すれば,まともな人間が経営者に就くことにつきる”との解を導き出している。
●著者:高橋伸夫 ●発行:筑摩書房/2010年11月10日
●体裁:新書版/223頁 ●定価:740円(税別)
モンスター社員への対応策
消費者でいえばクレイマーに相当する自分勝手でやっかいな従業員を本書では「モンスター社員」と名付けている。ゆとり世代のような世間知らずか,単に粗暴な連中のことかと思ったら大違いで,実に研究熱心にして非常識な知能犯の生態が紹介されている。例えば未消化の有給休暇と慶弔休暇,年末年始,そして新年度に発生する新たな休暇とを組み合わせて退職日を予告してくる者。休職期限が切れる直前に出社し,すぐ新たな休職に入る者。午後の半休より午前の半休のほうが短いと言い出す者。いずれも就業規則を熟読し,いわば会社側の不備を突き,いかに自分の権利を最大化させるか(だけ)を追求している。働かずに給料をもらう方法に執着する人たちともいえる。こうしたモンスター社員に対して著者は「以前の掟は通用しなくなった」といい,会社には「懲戒規定の充実という悲しい対策」をアドバイスする。また,章を改め「労務監査」の実施を推奨。諸規定の不備を洗い出し,現場の実態を調査し,問題を是正していく方策を示している。
●著者:河西知一 ●発行:泉文堂/2010年11月15日
●体裁:四六版/157頁 ●定価:1,900円(税別)
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