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書評 2012.06

ビジネス書を読んでもデキる人にはなれない

 この10年ベストセラーに名を連ねてきた自己啓発系のビジネス書を俎上に載せ,ブームが内包する危なっかしさを指摘している。「○○するだけで」「ラクして」「効果10倍の」といった成功をあおるキャッチコピーをいちいち真に受け振り回されるビジネスパーソンらを取材し,本末転倒ではないかと危機の本質を突く。著者自身はビジネス書に接すると,言いくるめられるような窮屈さ,強迫観念を覚えるとし,共通してみられる「何事にもポジティブな考え方」には米国由来の“ポジティブ原理主義的な胡散臭さ”が読み取れるとも述べている。どうせなら,たまたま時流に乗った成功者の自慢話などではなく,権威ある原典を読むべきだとも語り,米国発では『7つの習慣』と『思考は現実化する』の2冊を,また日本発では松下幸之助氏,井深大氏,本田宗一郎氏らの経営哲学書を推奨している。皮肉の効いた筆運びがスリリングな一方,「本に振り回されるのではなく,今の職場,足下の仕事で実績を固めるべきだ」とするアドバイスは手堅く,説得力は十分。

●著者:漆原直行  ●発行:マイナビ/2012年3月31日
●体裁:新書版/256頁  ●定価:830円(税別)

いちばんやさしい教える技術

 本書で扱う教え方の対象は,「身体で覚える運動スキル」「頭で考える認知スキル」「心で決断する態度スキル」の3つ。インストラクショナルデザイン(うまく教えるための技術と科学)を大学で研究・実践する著者は,「頑張れ」「何でできない」と叱ったり,小言,脅し,説教を言ったのでは相手のやる気はダウンするだけだと指摘する。その教育が成功したかどうかは,教える側の熱意や知識にかかわらず,できなかった相手ができるようになった状態がすべてだとする「学習者検証の原則」の立場に寄っている。すなわち,人の心は変えられないので,行動を変えることがポイントだとし,具体的には,「ゴールイメージ」「スモールステップ」「即時フィードバック」「質問によるストーリーの形成」「ごほうび」「持続(強化)」といったコーチングの技法を取り入れたやり方を紹介している。育児から社員教育まで汎用性のある教え方の基礎が整理されていて,教えるほうも教わるほうも自信喪失気味の現代には非常にタイムリーな刊行に違いない。

●著者:向後千春  ●発行:永岡書店/2012年4月10日
●体裁:四六版/192頁  ●定価:1,000円(税別)

「ゆとり世代」を即戦力にする5つの極意

 現在,研修支援の分野で活躍する著者は,20年間在職したリクルート社での体験を振り返りながら「ゆとり世代(=ユトリスト)」の活性化策を本書にまとめている。仲間意識が強く“みんなで燃える”という世代の特徴を活かし,チーム単位で提案を募り,営業もチーム戦が基本だと述べる。また,会社より社会への貢献に価値を置く彼らには仕事の意味を伝えることが重要だと指摘し,上司・先輩のアプローチにも工夫を求めている。「仕事だけでなく,人生を含めて叱って欲しい」「上司は褒めてくれない」などと臆面もなく発言する新人には面食らう場面も多いはずだが,著者は「きっかけがあれば伸びる」と彼らのポテンシャルを認める。そして,上司・先輩は自分のことを棚に上げてでも“本気度”を問う接し方が有効だとし,質問(キラークエスチョン)を鍵にした指導法も提案している。ニックネームで呼び合ったり,スイーツを差し入れたりするカルチャーには疑問もあるが,一人前の人材にプロデュースしていく具体的な知恵の数々は参考になりそうだ。

●著者:伊庭正康  ●発行:マガジンハウス/2012年4月12日
●体裁:四六版/190頁  ●定価:1,200円(税別)

天職は寝て待て

 ご自身の転職体験と古今東西のアフォリズムを織り交ぜながら「キャリア」の正体に迫っていくボーダーレスの論考が興味深い。初めに著者は,普通の日本人ビジネスパーソンの転職を前提とするとき,その是非・功罪は五分五分だと語る。今は不確実な時代であり,リスク回避性の強い日本社会だからこそ,転職に挑み成功するチャンスはあるとも指摘している。続くキャリア観では,単なる憧れではダメだが強固な目的意識もまた進路を窮屈にすると警告し,「計画された偶発性」理論に注目する。さらに本書の面白さはその先の労働観を巡る考察だ。大胆に踏み込むフィールドは,経済学,倫理学,心理学,芸能文化,音楽,文学,ゲーム理論,宗教学,近代日本史,19世紀産業論と縦横無尽。随所に紹介されるフィロソフィの視野も広く,ドラッカー,シャイン,クランボルツ,さらにはダ・ヴィンチ,マキアヴェリ,ガンジー,ニーチェ,夏目漱石,森永卓郎まで同列に扱っている。ビジネス系というより,娯楽教養分野の“作品”として論の展開を楽しめる。

●著者:山口 周  ●発行:光文社/2012年4月20日
●体裁:新書版/217頁  ●定価:740円(税別)

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【評】 久島豊樹 Kushima Toyoki