書評 2013.02
「やりたい仕事」病
「やりたいことが見つからないので留年する」という学生や「その仕事で私は成長できますか」と問い返す若手社員の姿はいずれもキャリアデザインの呪縛に陥った悲劇だと著者は見る。大学や企業でのキャリア研修で「10年後どうなりたいか」「この会社でどう働きたいか」などと突き詰めてみても「分からない」というのが正常な反応だとし,将来像を見たてて,そこから逆算するキャリア設計の手法がすでに成立しない時代を迎えていると指摘する。未経験(経験不足)の状態で「あるべき姿」や「やりたいこと」を苦しんでひねりだすのではなく,「今できること」を広げていくような能動的な働き方を求め,「今」に集中し,仕事力を磨き,状況対応力を鍛えることが,偶然を活かしチャンスを拡大していく力になると提案している。勝手に思い描いたキャリアデザインなどは,すぐ現実に裏切られると断じ,日々の積み重ねを充実させることでキャリアは後からついてくるものだと諭す。説教とは異なる心理学的知見に基づいた,説得力のある論考だ。
●著者:榎本博明 ●発行:日本経済新聞出版社/2012年11月16日
●体裁:新書版/237頁 ●定価:850円(税別)
解雇最前線
一部の大手企業で導入されているPIP(業績改善計画)を解雇の新手法と捉え,従業員側の防衛策を解説している。横行する理不尽なPIPにはパターンがあるとし,@過剰なノルマを課して,できなければ退職を迫ったり,A過小な仕事を与えてプライドを傷つけたうえ,難度の高い評価基準を用いてC評価を下したり,B業務命令の形でキャリアコンサルティング会社へ出向させたりする実態を報告。「業績改善」を装いながら,退職に追い込むことが目的の場合は“必ずボロが出る”として,組合交渉による反撃をアドバイスしている。一例では「異議留保申立書」(サンプル掲載)をもって,業務命令には従うがその内容には納得しない旨を文書で主張していく戦法を紹介。PIPと重なるパワハラ,その先の精神疾患および復職を巡る軋轢などについても法的問題点を冷静に整理し,自己責任に傾斜した成果主義ではなく,チーム・組織が共同して責任を負えるような職場作りを求めている。是非の判断軸を持つためにも労使双方で知っておきたい内容だ。
●著者:鈴木 剛 ●発行:旬報社/2012年12月5日
●体裁:四六版/128頁 ●定価:1,200円(税別)
電車通勤の作法
勤労者および広く社会の安全のためにいつか整理が必要だと常々思案していた諸課題がついに書籍化された。電車通勤者の多くが日々“一触即発”のリスクを回避すべく身につけてきた語るまでもない経験則を1冊に仕上げた企画力にまずは脱帽である。通勤カバンや傘の持ち方,吊革のつかみ方,空いた席への座り方ほか,視線の置きどころ,整列乗車での並び位置,改札付近・駅構内での衝突・接触を避ける歩き方,乗車前の体調管理に至るまでアドバイスは具体的かつ理にかなっている。本書のすごさは,「正しい乗り方」に加えて「美しく乗る」次元にまで洗練を極めていることだ(ひと言で示せば「気配り」となる)。例えば満員電車に身体をねじ込むときは「背面で,かかとからが基本」といった具合。面白おかしい表現は控えめで,むしろ真面目な記述ゆえコメディ度が増す傑作効果も生んでいる。とりわけ,安全乗車,盗難防止,傷害事件・痴漢冤罪回避策などは,通勤災害を含めて社員の安全に責任を負う総務・人事担当者必読の項目と思われる。
●著者:田中一郎 ●発行:メディアファクトリー/2012年12月31日
●体裁:新書版/191頁 ●定価:743円(税別)
イマドキ部下を育てる技術
「指導すれば逆ギレ」「自分の頭で考えない」とイマドキの部下に悩む上司らに対し,上司学コンサルタントを自認する著者は「もう怒らないと決めよう」と語る。部下に対する怒りの多くは世代間ギャップ(体験や価値観の違い)に原因があるとし,それを受け入れるところからマネジメントに取り組めとの示唆だ。例えば,仕事を頼めば「はい」ではなく「何のためにやるのですか?」と問い返してくる部下は,反抗しているのではなく,仕事の意味を納得して働きたいのだと察してあげる。「電話を取れ」と怒鳴るのではなく,なぜ電話を取ったほうがいいのかを説明する。「なぜ,できない!」と攻めるのではなく「どうしたらできると思う?」と問う余裕が求められるとする。加えて,成果(儲かる,お客様の役に立つ,成長の機会)に無関係な慣習は上司の側からこだわりを捨て,部下らのスタイルに譲る姿勢も有効だと指摘している。いわゆるワンピース世代の活かし方が組織力の差になっていくこれからを考えれば,確かに発想の転換が必要かもしれない。
●著者:嶋津良智 ●発行:朝日新聞出版/2013年1月30日
●体裁:新書版/211頁 ●定価:760円(税別)
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