書評 2018.05
思考停止する職場
失敗学をベースに“考える職場”を実現するためのヒントをまとめた1冊。ややもすると社会正義より組織正義を優先しがちな古い価値観を批判的に捉え,数々の事故・不祥事を題材に,問題点を論理的に切り分けている。事件のたびに経営陣らが口にする「周知徹底」「教育訓練」「管理強化」は,失敗学の立場からすると「三大無策」だと指摘し,硬直化した状態から脱して創造性を発揮できるよう柔軟かつ科学的な組織の運営を求めている。その過程では,現場と司令塔のギャップ,引き継ぎミス,重要度の誤認,暗黙知の過信などの失敗がコミュニケーションの不具合に起因している構図に着目。メンバーに思考停止を起こさせず,潜在能力を引き出すポイントもコミュニケーションの巧拙にかかっていると看破する。また,自ら思考する重要性を強調しつつも,自己流と独創性は似て非なるものだと戒め,まずは真似から始める基本と有効なマニュアルの策定を勧める。事故・不祥事の防止,および正しい組織運営のあり方を学べる良質な教科書だ。
●著者:飯野謙次 ●発行:大和書房/2018年4月1日
●体裁:四六版/264頁 ●定価:1,400円(税別)
リーダーが育つ55の智慧
日経新聞『私の履歴書』の衝撃を本書もまた裏切らず,創業50周年を通過,31期連続増収増益の快進撃を続けるニトリの内側を創業者ご自身が大胆に語っている。「ロマンとビジョン」を掲げ常に成長を目指す同社は,いわゆる前例踏襲を認めない。「現状を否定して初めて挑戦できる」と繰り返し語られる価値観は人事にも反映され,「配転教育」と呼ばれる2〜3年での部署異動では,常に前任者のやり方を否定するよう求めている。「チャンスは平等に,評価は公平に」「社員が楽しく働ける会社を作る」として全社員に30年後の働き方まで考えてもらう「生涯設計キャリアアップシート」なるツールを用意する一方,「教育投資は意欲のある人に」とメリハリの利いた育成策を打ち出し,年功序列は論外,成長が止まれば降格もありうる仕組みを築き,油断への警戒も怠らない。ピンチに陥るたび策を思い立って勝負し,成長を確実にしてきた著者は“不景気のときこそ優秀な人材が採れ,改善ではなく真の改革が進む”と,すでに逆張りの準備も万全の様子だ。
●著者:似鳥昭雄 ●発行:KADOKAWA/2018年4月7日
●体裁:四六版/247頁 ●定価:962円(税別)
朝ドラには働く女子の本音が詰まってる
出版業界というおっさんだらけの職場(原文ママ)で35年勤め上げてきたという著者は,この10年の朝ドラ(連続ドラマ小説/NHK)から11作品をピックアップして「働く女子」の周辺を綴っている。自ら「女子会トーク」と言い当てている通りドラマ鑑賞記とでもいうべき内容で,女性の労働問題を社会学的に考察していくような論理的なアプローチでは全くない。今も昔も社会のルールを決めているのはおっさんたちであり,朝ドラはそれに対峙するヒロインたちの「おてんば一代記」だと法則性を見出し,ご自身に重ねてあれこれ読み解いている。朝ドラには,成功を目指せという男の価値観ではなく,「堂々としていよう」と女子の背中を押してくれる力が秘められているとも指摘し,おっさんたちにこれが分かるかと挑発する。読者・視聴者それぞれに名場面・名セリフはあるだろうが,例えば,アキとユイがトンネルの先へ駆け抜けていくシーン(『あまちゃん』最終回)の再現描写などは,ふいに落涙を誘われたりするから,人前で読むときには要注意。
●著者:矢部万紀子 ●発行:筑摩書房/2018年4月10日
●体裁:新書版/239頁 ●定価:800円(税別)
心を折る上司
今や時代が変わり,上司の仕事は「管理」ではなく「育成」だというのが本書の一貫した論旨だ。よかれと思って仕上げた仕事を「なんだこれは!」と一喝されたのでは部下の心は折れると語り,事前にゴールのすり合わせがあるべきだったと解説している。同様に「優先順位を考えろ」「ミスをするな」は何も言っていないに等しく,指示にも指導にもなっていないと,指摘は明快だ。では,褒めて育てればいいのかというと,ポイントもなくただ「いいよ,すばらしいよ」と口にしても効果は薄く,日頃から部下の行動を見守り(監視ではない),そのうえで苦労や努力を具体的に認めて相手の心に届く伝え方が求められると説く。また,上司自身がプレイングマネジャーなら,自らホームランを狙うのではなく,チーム・部下のために犠牲フライを打つスタンスに立てるかを問い,理想的な上司像を探っている。「弱音を吐くな」ではなく「よく打ち明けてくれた」と部下に接することができるかどうか,著者のご専門である心理学の知識も示唆にあふれる。
●著者:見波利幸 ●発行:KADOKAWA/2018年4月10日
●体裁:新書版/235頁 ●定価:800円(税別)
HRM Magazine.
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