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書評 2018.08

自己実現という罠

 「好きなことでやりがいを持って働けているので,お金のことは気にしない」という真面目な意見に対し,相応の処遇が伴わなければ悪質な搾取に取り込まれている可能性があると著者は警戒する。あるいは,「やりたい仕事で輝くために,もっと成長したい」と焦る若者には,「輝くために働くのか」「目立ちたい・儲けたいは成長なのか」と問い返し,現実論に引き戻す。そもそも「やりたい仕事」や「成長」は,追い求めて手に入れる対象ではなく,5年・10年やってみて,その結果,得られる感情ではないかと指摘。表裏の関係で「お金のために働くなんて卑しくないか,お客様のために限界までがんばって感動を一緒に味わおう」といった経営者のセリフには心理学の悪用を疑う。使命感,責任感,充実感,達成感といった内的動機を刺激するモチベーションマネジメントは,正当な外的報酬(賃金・労働時間・休日等)があってこそだと説き,“やりがい搾取”の構造を明らかにするとともに,勤労者が身を守るための心のあり方をレクチャーしてくれている。

●著者:榎本博明  ●発行:平凡社/2018年5月15日
●体裁:新書版/231頁  ●定価:800円(税別)

先生は教えてくれない就活のトリセツ

 大学でキャリアデザインを教える著者が,焦りを募らす学生たちに向けて,就活の神髄を語った1冊。就活の相手は百戦錬磨の人事担当者ゆえ,表層的な付け焼き刃ではすぐバレるという前提で,いわゆるマニュアル本とは一線を画した正論を説き起こしている。例えば,あこがれや夢とは距離を置いて業界研究を進め,クチコミサイトではなく一次資料(IR・白書・業界レポート等)を読み込む地道な活動を推奨する。ES・インターン・面接の各段階では,覚えたことを機械的に書いたり話したりするのではなく,「素」を偽らずその場で求められる適切な行動を表現していくしかないと割り切る。つまり,企業は自己PRのうまい学生を求めているのではなく,グループワークに参加するコミュニケーションの程度を見ているのだと明かし,理想的なファシリテーションスキルの発揮シーンを例示している。“内定獲得のためにがんばれ”というより,“人生のスタートのために「素」を磨け”というメッセージに近く,その的確な着眼ポイントには改めて驚かされる。

●著者:田中研之輔  ●発行:筑摩書房/2018年7月10日
●体裁:新書版/192頁  ●定価:780円(税別)

中小企業は『懲戒処分』を使いこなしなさい

 弁護士と社労士の2人の著者が,59のQ&Aで解説した「懲戒ガイド」。主に法的な解釈を弁護士が担当し,職場にありがちなシーンを挙げて社労士がコメントを続ける構成だ。前半の総論では罪刑法定主義(あらかじめ規定がないといざというときに処分を下せないという原則)の理解を促し,後半の各論では,ハラスメントや規律違反,服務違反,私生活上の非行等での判断を紹介。読みやすく丁寧な記述で,基本概念の把握は容易だが,あえて判断の難しい事例も載せていて侮れない。例えば「出勤停止に加えて降格処分をした」というとき,「一事不再理」に反するのか,許容される「併科」なのか,迷うのではないだろうか(正解のヒントは「規定」にある)。同様に「左遷」が有効か否かも興味深く,処分ではなく業務上の必要性で異動を命じてはどうかというプロの切り分け方にも知恵がうかがえる。事由(欠勤・秘密漏洩・横領・等)と処分(免職・停職・減給・戒告・等)の対応を示した「量定」一覧ほか,各種の帳票サンプル・資料も必見だ。

●著者:安中 繁/竹村 淳  ●発行:労働新聞社/2018年7月20日
●体裁:四六版/168頁  ●定価:1,500円(税別)

50才からやっておくべき≪会社員の終活≫41のルール

 「人生100年時代」というフレーズに象徴される通り中高年の雇用環境は変わっていくと著者は見る。65歳までは当たり前に,さらに80歳くらいまで現役で働く時代がまもなく到来すると考察し,主にサラリーマン読者に向けて職業人生後半戦への備えを語っている。まず,同一労働同一賃金が拡大し,能力発揮が期待される雇用関係となると本当の成果主義に近づくとされ,若手の邪魔をする存在ではなく,評判を落とさない立ち居振る舞いのできる人が安定的にポジションを確保していけるだろうと予見する。そのためには,50歳以降から働き方のスタイルを変えていく必要があるとし,例えば,上司批判はしない,手抜きはしない,残業はしない,自慢話をしない,知識スキルの更新を怠らない,自己主張ではなく傾聴を心がける,SNSを始める,20歳若い友人を作る等,「やってはいけないこと」「やっておいたほうがいいこと」を整理。ロールモデルのいない状況で,どのように第二のキャリアを築いていくのか,具体的なアクションをアドバイスしている。

●著者:麻野 進  ●発行:ぱる出版/2018年7月23日
●体裁:四六版/208頁  ●定価:1,400円(税別)

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【評】 久島豊樹 Kushima Toyoki