書評 2023.10
ナンバー2の日本史 近現代篇
「ナンバー1の独裁よりナンバー2に任せたほうがうまくいく」という歴史法則を軸に,幕末から55年体制の終焉までをかみ砕いて追う歴史コラム。一般には「ナンバー1を象徴的に置き,実務はナンバー2が仕切る」という構図で捉えがちだが,権力の実態はそれほど単純ではないと本書は総括している。まず,明治維新から第二次大戦までは天皇をナンバー1に認めたうえで,内閣制成立以後,総理大臣をナンバー2に位置づける。GHQによる占領期を経て後は,総理大臣をナンバー1と見立て「さて,ナンバー2は誰か?」と掘り下げていく。基本は総理大臣を輩出する与党有力者が該当するとして自民党4役(幹事長・総務会長・政調会長・選対委員長)と派閥に着目。格では副総理,役目では内閣官房長官がナンバー2のはずだが,肩書と実質の権力が比例しない面白さも見つけ,昭和の妖怪,目白の闇将軍,根回しのキングメーカー,政界のドンといった存在を例示している。変化する権力構造のダイナミズムがよく理解でき,好奇心を刺激されそう。
●著者:榎本 秋 ●発行:エムディエヌコーポレーション
●発行日:2023年6月11日 ●体裁:新書版/253頁
自分のやる気が上がるのは,どっち?
東京のオフィス街でメンタルクリニックを開く脳神経内科医の著者は「やる気が出ない」という患者たちの訴えから共通するポイントを見出し,本書に対策を整理していく。「目標の立て方」「口ぐせ」「仕事の習慣」「上司」「朝の過ごし方」「体調管理」の6章・計38テーマで「(やる気が出るのは)どっち?」と選択を問いかける構成。例えば,低い目標か高い目標か,あいつが悪いか自分が悪いか,偉人伝を読むかマンガを読むか,リモートか対面か,明るい上司か公正な上司か,といった二択を手がかりに脳の機能をひもといていく。ただ,その二択の設問に正解・不正解はなく人それぞれ,状況次第であるとも語る。脳は失敗した記憶に引きずられて頑張らないようブレーキをかける傾向があるので,成功体験で塗り替えればやる気に結びつくとされる。また,「○○(仕事を達成)したら△△する(ご褒美を得る)」という脳が喜ぶリストを用意して実践していくのも状況を好転させる手段だと提案するなど,やる気を引き出す数々のアドバイスを盛り込んでいる。
●著者:田中伸明 ●発行:クロスメディア・パブリッシング
●発行日:2023年8月1日 ●体裁:四六版/208頁
中流危機
30年に及ぶ日本の中流崩壊の真相を追う1冊。勤労層への調査から全体傾向を俯瞰したうえで,個別取材を重ねて肉声を拾い,実態を生々しく描写する。頑張れば給料が上がった親世代には,結婚し,家を構え,車を所有し,子どもを育てるという「手の届く夢」があったのに対し,今は「夢すら見られない」のではないかと問題視する。続けてある地方製造業への取材では,50年続いたお得意先から部品発注を絶たれ,賃下げと非正規化に追い詰められていく苦悩も捉える。また,社会構造の視点からは,1995年の「雇用ポートフォリオ」の提言,その後の規制緩和と労働市場自由化,さらに正社員クラブと化した組合の立ち位置につき,キーマンたちへ接触を試みながら考察。雇用・賃金・人材育成・福利厚生を誰がどこまで責任を持つべきなのかと思考を巡らす先に「キャリアは誰のものなのか」と問いかける。転じて「中流再生の処方」では,デジタルイノベーションへの脱皮,リスキリングの推進,同一労働同一賃金による働き方の転換に希望をつなげている。
●著者:NHKスペシャル取材班 ●発行:講談社
●発行日:2023年8月20日 ●体裁:新書版/237頁
マンガでよくわかる1on1大全
早期から1on1の普及・啓蒙に努めてきた第一人者の手による推進運用ガイド。上司・部下間の面談が普通に実施されるようになった次の段階で改めて課題となるのは「部下の主体性」と「上司のコミュニケーションスキル」の2つになると着眼点を挙げている。1on1の主役は部下であり,目的は,自ら気づきを得てアクションを起こしていくところにあると定め,上司の役割はその支援だと再確認する。ただし,具体的に上司が駆使するコミュニケーション手段は多岐にわたり,対話の場を柔軟にコントロールしていくレベルは相当に高い。本書は,その個々のスキルを体系的に説明したうえで,対話の実際のシーンはマンガで再現している。人事部の課長である上司が,個性の異なる部のメンバー3人と複数回の1on1を,啓蒙期・探求期・日常期という3ステップで実践していく様子がリアルかつコミカルに描かれているので,展開の把握は容易だ。上司・部下が相互に立場を理解できるよう目配りも利いていて,内容の深さ・分かりやすさともに抜群の1冊。
●著者:世古詞一 ●作画:英賀千尋 ●発行:かんき出版
●発行日:2023年9月20日 ●体裁:四六版/256頁
HRM Magazine.
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