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書評 2023.11

わたしからはじまる心理的安全性

 「心理的安全性」を扱うビジネス書の多くが“上司・リーダー向け”であるのに対し,本書は“部下・メンバーであるわたし”のアクションを起点に企画されたユニークな構成だ。第1章では心理的安全性のメリット,および,リーダー・メンバー・チームの関係性を解説。第2章以降は,計70に及ぶアクション項目が並ぶ。リーダーが「心理的安全性を高めよう」と発言しただけではチーム内の警戒感は消えず,「あいさつ」「ランチ会」「仕事の語り合い」といった小さなアクションからチーム作りが始まると説明されている。心理的安全性は,部下への配慮やハラスメントの防止といったマイナスをゼロにする側面で語られがちだが,空気を読み衝突を避ける“仲良し”とは真逆で,チームに活発な意見が出やすくなることで,生産性の向上や創造性の発揮といったゼロからプラスを生み出す効果が大きいと強調されている。70のアクションごとに難易度のレベルが示されているので自分たちに合った策から試せる。もはや取り組まない理由が見つからない。

●著者:塩見康史/なかむらアサミ  ●発行:翔泳社
●発行日:2023年8月31日  ●体裁:四六版/256頁

それでも,「普通の会社員」はいちばん強い

 「キャリアは誰のものか?」と問われた際に躊躇を覚える「普通の会社員」が読者ターゲットだと著者は語る。数十年にわたり“このままだと大変なことになるぞ”とあおられ続けてきたものの,ほとんどはオオカミ少年の脅しであり,日本の会社員のスキルはそれほど悪くなく,これからも8割はこれまでやってきたことで大丈夫だと冷静に現状を捉える。その根拠は,基礎学力があり,真面目で親切という日本人の特性だという。普通の会社員の目配り・気配りができれば,AI時代が到来しても共存していけると肯定的に現在地を確認。そのうえで,プラスアルファの2割の要素として,会社から離れてもやっていける力量を想定し,その鍛え方,磨き方の考察を重ねていく。論の運びは時に俯瞰的かつ奥行の幅もあるため単純ではないが,本書の冒頭にはあえて「結論」が鮮明に記されているので,時々立ち返りながら読み込んでいくと理解は深まるだろう。やりがいと仕事の関係を慎重かつ複眼的に考える内容であり,キャリア研修の課題図書に挙げてもいい。

●著者:新井健一  ●発行:日経BP/日本経済新聞出版
●発行日:2023年9月15日  ●体裁:四六版/359頁

社労士のための労働事件 思考の展開図

 200件を超える労働事件を経営者側で担当してきた弁護士が,“社労士の先生方”に向けてレクチャーする1冊。条文解釈や判例紹介などにはほぼ触れず,どのような立場で,何を軸に,どこまで事件および当事者たちと関わっていくべきか,一貫して心構えにウェイトを置いた記述が新鮮で面白い。制度や法理の知識があっても,現実の事件は個別的で感情が先立つだけに,経済合理性や条文通りには解決しないと経験則を語り,例として「深追いせず早く解決する」というゴールイメージを挙げる。概論に続けて「採用」「育成」「退職」という3つのステップに章を区分。とりわけ採用の重要性では,「すべての労働事件は採用に通じる」と指摘し,トラブル予防の意味からも社労士が採用プロセスに関与してはどうかと提案している。他に,パワハラ・定年後再雇用・社内不正・メンタル不調・退職勧奨・残業代請求など事件化しやすいトピックを取り上げ,経営者に対する助言と指導(社労士の職域)を進めていく要諦を現場目線にこだわってアドバイスしている。

●著者:島田直行  ●発行:日本法令
●発行日:2023年10月1日  ●体裁:四六版/189頁

職場にやる気が湧いてくる対話の技法

 企業がムダを削り効率最優先に努めてきた結果,職場からは時間と場所の余白が失われ,「偶発的に会話が起きる場」が激減したと著者は憂う。職場から対話の機会がなくなると,メンバー各自の特性把握が進まず,面白いつながりやアイデア,元気が生まれにくくなり組織運営にも負の影響が懸念されると指摘する。じゃあ,どうすればいいのか? と読者はアクションを求めたくなるが,著者は「行動を急ぐと改善できない」と警告し,行動を止めて現状を観る,そして本質を考えるプロセスを強く訴える。時代の変化では,ボスが支配し部下が部品のように効率的に働く機械的組織と,メンバー個々が細胞として有機的・自律的に双方向の動きをする生命体的組織を対比させ,後者のスタイルでこそモチベーションも機能すると論じている。その有機的チームを築くカギとして「対話力」に着目し,安定・混沌・相互理解・共創という4 フェーズから組織開発を解き明かしていく。漠然としながらもマネジメントの限界を感づいていた方にはぴったり肚落ちする内容だろう。

●著者:高木 穣  ●発行:同文舘出版
●発行日:2023年10月4日  ●体裁:四六版/189頁

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【評】 久島豊樹 Kushima Toyoki