書評 2025.06
静かな退職という働き方
仕事に積極的な意義を求めず,最低限の業務をこなすだけの「静かな退職」は,実は世界標準の働き方であり,日本の企業が従業員に求めがちな協調性や積極性には,無償奉仕を強いる危うさがあると著者は語る。「静かな退職」状態は,無駄や無理を排除したうえで最大限のパフォーマンスを挙げる働き方だと肯定的に捉え,働く本人には,組織のお荷物にならずに人材価値を維持し,かつ定時で切り上げ残業代相当額を上回る副業収入を得て生き伸びるキャリアスタイルを提案する。また,会社・上司にとっても,人件費の増加を回避でき一定の成果は挙げてくれる人材はありがたい存在であり,人事の仕組みに「静かな退職コース」を組み込んではどうかと誘う。さらに家事・育児・介護を視界に入れると「静かな退職」はマイナスではなく,当たり前に市民権を得ていく働き方になるだろうと予測し,「忙しい毎日をもっとがんばる」ための支援ではなく,「無駄にがんばらないほうが生産性は上がる」という前提で労働政策の大転換が必要だと指摘している。
●著者:海老原嗣生 ●発行:PHP研究所
●発行日:2025年3月12日 ●体裁:新書版/207頁
日本型組織のドミノ崩壊はなぜ始まったか
ジャニーズ・宝塚歌劇団・日大アメフト部・ビッグモーター・フジテレビほか,巨大組織が崩壊するような事件が続く現象を直視し,「日本の組織に共通する決定的な弱点をあぶり出す」と著者は意気込む。一連のスキャンダルを,絶対君主型・官僚型・伝統墨守型の3 タイプに整理したうえで,目的集団であるはずの組織が,ムラのような運用をしてしまう「共同体型組織」を形成してるところに病巣があると見立てる。かつての共同体は,メンバーを受け入れ助け合う「受容」と各自が自主的に貢献する「自治」の両輪を強みとしたが,今は自治が機能せず,「何もしないほうが得だ」という集団的無責任に陥ったと読み解いていく。直近の不祥事は,内向き組織の特殊性がグローバル化とデジタル化によって顕在化したものだと分析しつつ,犯人を血祭りに挙げるだけでは崩壊の連鎖は止まらないと言い添える。組織の「再生」ではなく「新生」を求め,人材の囲い込みではなく,個々の活躍をサポートしていく「インフラ型組織」によるマネジメントを提唱している。
●著者:太田 肇 ●集英社
●発行日:2025年3月22日 ●体裁:新書版/222頁
定年がなくなる時代のシニア雇用の設計図
キャリア研修の枠組みからミドル・シニアの自律支援に向き合ってきた著者たちは,蓄積された知見を整理し,人材活用の展望を本書に示す。まず,定年後を含むシニア人材を活かすニーズは高いと確認したうえで,本人の態度・能力,企業側の採用・人事の仕組みにそれぞれ課題が放置されている実態を突く。シニア側には,「否定から入る」「昔の手柄話ばかり」「外注化を提案するだけで実務をしない」「一般論しか言わない」といった態度・能力不足を挙げて,「ご意見番」ではなく「すぐにビジネスを作れる人」を求める企業側とのズレを明らかにする。企業側に対しても「若い人ばかりを採りたがる」「人事制度やリスキリングの仕組みが成果創出にフィットしていない」といった不備を指摘し,打開策として,副業・プロボノ等の越境学習の機会提供や,役職から離れてもリーダーシップを発揮できる「プロジェクト型」の働き方を提案している。老化と能力低下は連動せず,年齢相応に充実していくスキルもあるとの考察はシニア読者にとって救いだ。
●著者:宮島忠文/小島明子 ●発行:日経BP /日本経済新聞出版
●発行日:2025年3月30日 ●体裁:四六版/272頁
一生健康に働くための心とカラダの守り方
医学部卒業後,外資系コンサルティングファームに参画し,現在は産業医のポジションから企業・団体の健康経営を支援する著者が,病気の知識と予防法を解説する。健康と勤労の関係を専門的に扱う立場から,脳梗塞・心筋梗塞・高血圧・糖尿病の4つを要注意の疾病に挙げ,健診結果の受け止め方をレクチャーしてくれるので,読者はセカンドオピニオンを受けている感覚で前のめりになってしまう。労働安全衛生法が定める「月80時間」という残業基準の医学的意味, 1日9時間以上座りっぱなしだと死亡リスクが高まるといったトピックも緊張感を覚えずにいられない。メンタル不調では,回復過程での旅行や趣味活動の効果を認めつつも休職は「自由に休める権利」ではなく「解雇の猶予期間」だと指摘し,論の運びはあくまで働き続ける前提で一貫している。土日に仕事を持ち帰った人の生活描写などリアリティも抜群で,働く人の事情を知り尽くした説明ゆえ刺さるポイントは多い。健康と両立させながら生涯現役で働く“腹の括り方”まで諭してくれる内容だ。
●著者:吉田英司 ●発行:かんき出版
●発行日:2025年5月19日 ●体裁:四六版/432頁
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