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話を真に受けない余裕を

(株)人材研究所 代表取締役社長 曽和利光

■人事のコアスキルは「組織や人の見立て」

 人事のコアスキルとは何か。それは「組織や人の見立て」すなわち「今,この組織(この人)はどんな状況にあり,問題があるとすればそれは何かを見極めること」です。
 人事の重要スキルとして採用や育成,評価,報酬,配置等に関する技術的・専門的な知識を指摘されることがあります(もちろんそれは必要です)。しかし,事業戦略やマーケティング,商品開発等の他の分野と比べると,人事領域では技術や知識で解決できるオプションは限定的です。極端にいえば,「職能給か職務給か」「絶対評価か相対評価か」というような,「右か左か」的な選択肢での議論が多いように思います。一方,その「右か左か」の二者択一をよく間違えるのが人事です。原因の多くは「見立て」の間違いにあります。誤った仮定から論理的に導き出された結論は必ず誤りで,間違った結論を全力で推進すれば恐ろしいことになります。これを避けるために,人事は「見立て」の力を磨く必要があります。

■分かっていない人の話から理解する困難さ

 ところがその「見立て」は大変難しい。組織も人も,その本質である「文化」や「パーソナリティ」などは目に見えない曖昧なものであり,そういうものを捉えるには大変な技量が必要です。
 また,「インタビュー」「サーベイ」「行動観察」「客観的データ(退職率,評価点等)」等,組織や人を見立てる手段は限られています。それぞれの領域において細かなテクニックがあり,トレーニングを積んで技量を磨いていくことは必須ですが,限界もあります。「人間は,自分のことは全然分かっていないし,見たいものしか見ない動物」だからです。
 なかには「分かっている」と豪語する人もいますが,大概は「分かっていると思っている」だけのことでしょう。特に経営者や現場リーダーは意思決定スタイルが“即断即決型”の人かつ“自信家”が多いため,自分の経験から過度の一般化を行う傾向があり,彼らが自信を持って語る見立てや評価を鵜呑みにしすぎると,見誤る可能性があります。スポーツ選手などに見られる通り,ビジネスでも,優秀なプレイヤーが“自分はなぜ結果を出せているのか”という点には無自覚な場合も多く,自覚していると思っていても事実と違うことは多々あります。
 このことは,人事が人や組織を見立てる際に大変な障壁です。つまり,インタビューもサーベイも,得られる情報は「客観的事実ではない」可能性があるからです(行動観察やデータはましでしょうが,誰かの「解釈」が入るという点では似ています)。

■人の話は「半分」程度に聞き,拙速に動かない

 だから人事には,「人から聞いた話は,鵜呑みにせずに,周辺関係者等から多角的に情報収集し,裏を取って確認できるまでは保留情報としておく」という,ある意味「人の話は半分に聞く」姿勢が大事なのです。これまで人事に関わってきて,いろいろな組織課題に対面し,関係者から話を聞く機会を持ちましたが,初めの方から聞いて感じた印象と,その後,別の方々から聞いて続々と入ってくる情報とで,かなり印象が異なるケースが大半でした。拙速に,裏の取れていない情報をもとに動いてしまった場合,誤った処方を実施しかねないのです。
 組織,特に文化は一度壊すと元に戻りにくいため,人事が誰かの“妄想”をもとに拙速に動き回ると,害悪のほうが大きくなるのではないでしょうか。決して「疑心暗鬼・性悪説で人を見ろ」とまでは言いませんが,組織や人というセンシティブな対象を扱う人事としては,できるだけ慎重に様々な角度から見立てをする必要があると思います。

(月刊 人事マネジメント 2014年9月号 HR Short Message より)

HRM Magazine.

  
京都大学教育学部教育心理学科卒業。リクルートに入社し,人事部配属。人事部ゼネラルマネジャー,組織人事コンサルタント等に従事。その後,ライフネット生命保険,オープンハウスにて,人事部門責任者を経て,2011年に人事コンサルティング会社,人材研究所設立。現在同社代表取締役社長。人と組織の可能性を最大化するためのアプローチを研究・開発している。著書に『「できる人事」と「ダメ人事」の習慣』(明日香出版社)。

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