
介護離職は制度だけでは防げない
ケアラボオフィス結 代表/産業ケアマネ 辻 恵
■介護は「ある日突然」始まる
少子高齢化が進み,働きながら親の介護に直面する従業員は今後さらに増加すると見込まれます。2025年の育児・介護休業法改正により,企業には「仕事と介護の両立支援制度」の周知や活用促進が一層求められるようになりました。しかし,多くの企業で,制度があるにもかかわらず離職してしまうというケースが後を絶ちません。
背景にあるのが,介護は「ある日突然始まる」という特性です。例えば,ある企業の40代社員は,地方で一人暮らしをしていた母親が脳梗塞で緊急入院したことをきっかけに,急遽介護に直面しました。仕事を休みながら病院対応や退院後の生活調整に追われ,「何から手をつけてよいか分からない」「会社にどこまで相談してよいのか迷う」といった不安を抱え,結果的に十分な制度活用に至らないまま退職を選択しました。
このように,初動での情報不足と孤立が離職の引き金になることは少なくありません。制度は「知っていてこそ使える」ものであり,その前段階の支援が欠けていると機能しないのです。だからこそ重要なのは,制度そのものだけでなく,制度につながるまでの具体的な導線設計です。
■「相談につながる仕組み」が離職を防ぐ
介護離職を防いでいる企業に共通しているのは「制度が整っていること」以上に「従業員が早期に相談につながる仕組み」を持っている点です。ポイントは,従業員の自主性に委ねるのではなく,企業側が「相談を前提とした設計」を行っているかどうかです。
具体的には,第一に「気づきの機会の提供」です。全社員向けに「親の介護リスク」を考える研修を実施して「介護は誰にでも起こりうる」という認識を持ってもらうことが重要です。企業向けの研修講師の場では「まだ先のことだと思っていたが,準備の必要性を実感した」という声を多く聞きます。こうした気づきが,いざという時の行動を早めます。
第二に,「管理職の初期対応力の強化」です。最初の相談相手は上司であることが多いため,「否定しない」「抱え込ませない」「専門窓口につなぐ」といった基本的な対応を共有するだけでも,従業員の心理的ハードルは大きく下がります。
第三に,「相談窓口の明確化と見える化」です。「どこに相談すればよいか分からない」という状態をなくすため,窓口やフローを具体的に示し,定期的に周知することが重要です。
さらに有効なのが,「日常的に介護の情報に触れられる環境づくり」です。例えば,社内報で介護に関するミニコラムを定期的に発信したり,昼休みや終業後に気軽に参加できる茶話会(情報共有の場)を設けたりすることで,介護を特別な問題ではなく誰にでも起こりうる身近なテーマとして捉えることができます。こうした取り組みを行っている企業では「いざという時に思い出して相談できた」「事前に少し知っていたことで慌てずに済んだ」といった声が聞かれ,早期相談につながっています。
これらを踏まえたアクションプランとしては,@全社員向けの基礎研修の実施,A管理職向け対応研修の導入,B相談窓口の整備と周知,C社内報や茶話会などを活用した定期的な介護情報の発信,の4点が実践しやすく効果的です。制度整備は前提条件に過ぎません。それを使える状態にするためには,「声を上げやすい環境」を仕組みとして担保し「相談できる体制」をあらかじめ設計しておくことが不可欠です。人事に求められるのは,制度の整備にとどまらず,現場で機能する仕組みづくりです。
(月刊 人事マネジメント 2026年6月号 HR Short Message より)
HRM Magazine.
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