書評 2019.09
ここからはじめる働く人のポジティブメンタルヘルス
「メンタルヘルス」という表記から,ややもすると“うつ対策”を連想するかもしれないが,本書のスタンスは,医学というより心理学に近く,「ワーク・エンゲイジメントのすすめ」とでもいうべき前向きな組織運営論が展開されている。@仕事でのポジティブな気持ち,A仕事のやりがいと達成感,B職務満足度,の3方向から考察を進め,科学的知見と手法をベースに,個々の能力を引き出し,生産的な職場を支援する仕掛けを詳述している。主なトピックはミニ事例で解説されているので,内容の把握は容易。仕事の裁量権,上司のサポート,公正・信頼のおける労使関係,チーム貢献を認める評価制度などHR系の示唆も多く要注目だ。また,“産業医の案件”に閉じ込めず,経営・人事・管理職,あるいは部門を超えて関与・推進していくテーマだと強調されている点も興味深い。ワーク・エンゲイジメントが高ければ,健康状態が良好に維持され,パフォーマンスも高まり,離職率も低下するとされる。先進企業の取り組み動向と併せて理解を深めたい。
●著者:川上憲人 ●発行:大修館書店/2019年6月10日
●体裁:四六版/212頁 ●定価:1,700円(税別)
伸びる会社の人材育成戦略
中堅・中小企業の人材育成をいかに進めていくか,経営・人事の心構えのレベルから諭してくれる冊子。定番の外部研修を一通り実施するだけでは決して到達しない「人づくり」の本質に踏みこんだエッセンスがまとめられている。分かりやすいモデルに,いわゆる長寿企業を挙げ,流行の研修プログラムなどではなく,当たり前のことを当たり前にできるようにじっくり自社で育てていく地道な活動を手がかりに,成功の鍵は経営計画と研修展開と現場実務の一体性にあると指摘している。また,営業力強化,新卒採用を契機とする風土改革,実効性あるOJTの推進,次代を担うリーダー育成など7社の事例を盛り込んで,人材の層を重ねていくヒントを整理している。褒める・叱るのテクニックの前に,経営側の育てる意識の高さ,意思の強さを問う記述もあり,読者は根本的・深層的なところで気づきを刺激されそうだ。ちなみにコンテンツの一部はJMDA教育研修センター顧問・平松陽一氏の著作『中堅・中小企業の人材育成戦略』(りそな総合研究所)による。
●著者:JMDA教育研修センター ●発行:オモイカネブックス/2019年7月17日
●体裁:四六版/97頁 ●定価:800円(税別)
働かない技術
書名の「働かない技術」とは,お調子者の職場遊泳術などではなく,真面目なマネジャーが余裕を確保するための覚悟と知恵という程度に理解しておくとしっくりするだろう。長時間労働やパワハラ体質に頼った組織マネジメントが通じない今後,勤労者のキャリアは大きく2方向に分かれると著者は予測する。1つは「役割給人材」で,自らは仕事を抱えず,メンバーを育成支援していくプロ。もう1つは「職務給人材」で,担当ポストの範囲内で自ら専門性を発揮するプロ。両者とも時間を犠牲にして何とか奮闘するような働き方では“含み損人材”に転落すると警戒し,その先に求められる新しいマネジャーの姿を模索している。また,組織全体の効率・生産性という点でも,全員の多能工化ではなく2方向のキャリア分離が最も合理的だと説き,残業ができない時代の1つの解を示している。内容は一貫して論理的ながら構成は必ずしも直線的ではなく,友人の悩み,会議の無駄,「徳」の概念まで幅広いトピックを行きつ戻りつ考察を進め,“味わい”もにじむ。
●著者:新井健一 ●発行:日本経済新聞出版社/2019年8月8日
●体裁:新書版/247頁 ●定価:850円(税別)
倒産の前兆
中小企業の倒産物語を実名でレポートした事例集。信用調査実績100年を自負する著者グループは「成功に決まったパターンはないが,失敗には公式がある」と述べ,30に及ぶ事例を8つの「破綻の公式」で切り分けている。各事例ではビジネスの概要から倒産に至るまでのストーリーを追うとともに「失敗の原則」を改めて要約。簡潔に整理された各ケースからは,粉飾決算など“それをやっちゃダメだろう”,事業再構築など“それをやらなきゃダメだろう”と思われるポイントも見えてくる。消費者の変化を見落とす,流通構造の変化に対応できない,といったよくあるパターンに加え,急成長は急転落の予兆(大ヒット商品で成功した後こそ危ない)といった盲点も指摘され,老舗もベンチャーも上場企業も,ちょっとした隙を契機に倒産に至る事情がよく分かる。さらに,章の区切り挿入されている7つの「コラム」では「潰れやすい会社の社長の傾向,社員の傾向」「幹部の退職に注意」など人事に関わるコンテンツも綴られていて,こちらも面白く読めてしまう。
●著者:帝国データバンク 情報部 ●発行:SBクリエイティブ/2019年8月15日
●体裁:新書版/256頁 ●定価:850円(税別)
HRM Magazine.
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