書評 2021.08
修羅場のケーススタディ
中間管理職が直面しそうな「修羅場」を30ケース挙げ,思考訓練を促す構成。事業再生の経験豊富な著者の見解と読者自身の考えを比較し,そのギャップから学びを得る仕掛けだ。本書に一貫して強調されているのは意思決定の重要性であり,修羅場で結論を先送りにすると状況はさらに悲惨になり,選択肢がなくなると警告されている。また,「情より合理」の原則を曲げず,時に事業撤退やケンカも躊躇しない姿勢を打ち出し,波風を立てずにやり過ごしてきた人と,反対を恐れずにやり抜いてきた人とでは,キャリア・実力・将来性の差は明らかだと指摘している。社内派閥の事情なんかで悩んだりせず,事業そのものを自ら問い直す判断軸のあり方を語ると同時に,ブライトサイド・スキル(論理思考・数字を読む力)に加え,ダークサイド・スキル(理不尽な上司の抵抗を排除する裏技など)も必要だとアドバイスを加えている。著者も触れている通り,目指す姿は『半沢直樹』の世界に重なる。本物のリーダーを目指す方にはぜひ一読をお勧めしたい。
●著者:木村尚敬 ●発行:PHP研究所
●発行日:2021年7月1日 ●体裁:新書版/237頁
事例で学ぶOJT
約20年にわたるOJTの支援実績をベースに運用の成功ポイントを整理した1冊。67項目に及ぶ「悩みのあるある+アドバイス」のセット構成でOJTトレーナーの役割・適任者の選定から,教え方のコツ,配属当日の迎え入れ方,フィードバックの伝え方に至るまで,役立つノウハウが盛りだくさんだ。新人を成り行き任せで現場に放り込み,雑用係から鍛えるというのはNG。計画的に職場を挙げて育成に関わる仕組みを制度化しておくのが大前提だとされる。そのうえで,トレーナーが不在でも周囲がサポートできるように「育成計画書」を作り,「人によって言うことが違う」を防止するためにも育成方針は共有しておくべきだと念を押す。事例ならではのコツでは,職場の先輩たちが新人に近寄りやすいオフィス配置や,新人があえて他部署へ足を運ぶような仕事の手順などのアイデアが紹介されている。固定電話を知らない世代に「この仕事,意味あるんですか?」などと問われたらどうするか? 今どきの課題にしっかり正論で答えるガイドが頼もしい。
●著者:田中淳子 ●発行:経団連出版
●発行日:2021年7月10日 ●体裁:四六版/199頁
「仕事ができる」とはどういうことか?
注目の論客2人がスキルとセンスの違いを語り合う。どんなに役立つスキルを積み上げても「仕事ができる」とは限らず,スジのいい直観に基づき全体的意味を導き出せるセンスのある人にはかなわないとホットな人材論を展開している。「仕事ができない」典型例に「やたら分析はするが,示唆や洞察が得られない」ケースを挙げ,「不毛な作業=クソ仕事」と断じる。対してセンスは資格や点数,計画的な学習では説明・習得できず,個々の経験の末に事後的に認識されるものだと説く。ここで重視すべきは文脈・時系列のストーリーであって,定型的・標準的に要点を箇条書きで示しても空疎だと警告する。また,時代のキーワードに敏感で,データをそろえ,将来予測を知りたがり,外界に最適解を求める人は本質的に仕事ができないと危機感も漏らす。全体に抽象概念にウェイトの高い内容ながら,表現は底抜けにぶっちゃけているので話についていくのは容易だ。内外の有名経営者たちを俎上に載せ,実相を暴き出していくリスキーにして絶妙な物言いも楽しい。
●著者:楠木 建/山口 周 ●発行:宝島社
●発行日:2021年7月23日 ●体裁:新書版/295頁
「日本型格差社会」からの脱却
2013年から5年間,日銀副総裁を務めた著者による経済政策論。今ある格差社会はデフレに起因しており,どの国も経験していない「日本型」と呼ぶべき特殊性があるとの認識を示す。ゆえに,政府・日銀の役割は「デフレからの完全脱却に尽きる」と立場は鮮明だ。各論ではまず,@所得格差,A正規・非正規の固定格差と相対的貧困(氷河期世代・母子家庭),B年金世代格差(相続財産),C世代間格差(老人福祉と若手の所得配分)という4つの断層を分析。その過程では,1人当たりGDPベースで「1990年以降の30年間で日本は信じられないほど貧しくなった」と算出し,現政権のコロナ対策の鈍さにも影響していると指摘する。一方,再生のための政策では,雇用分野への言及が大きく,女性の労働参加率引き上げ,雇用契約の自由化,職業訓練等の積極的労働市場政策の推進を提案している。統計数値を読み解く考察ながら,読者は退屈している暇はないはずだ。著者と接点のあった政治家たちの言動も生々しく,有権者目線で参考にしてもよさそう。
●著者:岩田規久男 ●発行:光文社
●発行日:2021年7月30日 ●体裁:新書版/365頁
HRM Magazine.
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