書評 2021.09
仕事のアンラーニング
職場で働く人々を調査し,その自由記述欄のコメントに着目してアンラーニングの構造を解き明かしていく学術視点の考察だ。自分の得意技に固執していると「昔の人」になってしまう「有能さの罠」を指摘し,古い戦法を捨て,時代に合った新しいやり方を身につける成長行動の解明を試みている。ただし,信念の部分を変えず手段として次々に新しいスキルを習得していく「ため込み型」と,古い考え方を捨て去りコア部分も入れ替える「アップデート型」とは区別し,後者をより望ましいモデルと定義。その実現のためには,深いレベルからの経験学習が欠かせないとして,自身の信念をも疑い直す「批判的内省」を重要なプロセスの1つに挙げている。典型的な例を,事業部長から統括役員への昇進時の変化に見出し,さらにロールモデルやコーチの存在から「上司の影響力」にも分析の幅を広げている。「捨てる=取り入れる=成長する」その先に「ワーク・エンゲージメントが高まる」作用を認めた海外の学説にもリンクするホットな知見も読みどころだ。
●著者:松尾 睦 ●発行:同文舘出版
●発行日:2021年6月15日 ●体裁:四六版/203頁
とがったリーダーを育てる
東京工業大学(東工大)で展開されているリベラル・アーツ教育10年の総括が語られた1冊。「人材」ではなく「人間」にこだわり,「物知り」ではなく「多様な知識を運用する力」を養成していく同校の試みが紹介されている。コロナ禍が象徴するように,近年の社会課題には理系の素養を持ったリーダーが望ましく,ゆえに数式で相手を黙らせる専門性ではなく,言葉で人々を説得する力が重要なのだと池上氏は力説する。また,芸術分野を担当する伊藤氏は,コロナ禍でリモート授業が進化したことで,講義室に限定されない学びが広がったと偶発的な効果を報告。「とがっても大丈夫だ」という安心感の共有がより創造性を促進させる仕組みを解き明かしている。さらに,プロジェクトの立ち上げから関わった上田氏はギリシャ・ローマ時代の「自由市民」の概念に立ち返り,大学が即戦力を読み違えて「奴隷」を育ててはならないと原点となる動機を述べている。ノブレス・オブリージュと利他,貸し借りと無償の関係を挙げ,リーダー像を模索する鼎談も刺激的。
●著者:池上 彰/上田紀行/伊藤亜紗 ●発行:中央公論新社
●発行日:2021年8月10日 ●体裁:新書版/215頁
「給与明細」のカラクリ
「基本給も役職手当もみなし残業代も同じなのになぜ金子君の手取り額のほうが高いのか?」と焦る高橋君に公認会計士・税理士の梅田先生がレクチャーしていく掛け合い仕立ての解説だ。人事労務系の読者にとっては,給与と控除の関係,所得税・個人住民税・社会保険の仕組み,年末調整の意味などのおさらいにちょうどいい入門書となりそうだ。一方,1人の勤労者からすると“真面目に働いて普通に書類を提出しておけば,会社も役所も悪いようにはしないだろう”とやり過ごしていたのでは認識が甘すぎると気づかされる。脱税目的で悪知恵を働かせるのは論外としても,優遇政策の知識を得て必要なアクションをとり,適切に申告すれば手取り額は増えるという税の仕組みは知らなかった人ほど衝撃を受けるはずだ。配偶者控除と配偶者特別控除の違い,iDeCoやふるさと納税の利用によって手取り額が増える現実を社員の皆さんは理解しているだろうか。会社が損をするわけでもないので,いっそ本書を社内に配布し,積極的に啓蒙を進めてはいかがだろう。
●著者:梅田泰宏 ●発行:青春出版社
●発行日:2021年8月15日 ●体裁:新書版/191頁
人事の日本史
古代・中世・戦国・近世の4章を歴史研究家3名で書き分けた書名通り「人事の日本史」だ。古代・中世では聖徳太子の抜擢に始まり,「冠位十二階」という等級制度,大化の改新で整理された「考課」にスポットを当てている。とりわけ官位はその後,徳川幕府まで続く為政者たちの秩序を支えるカギになったと確認し,今も企業・官庁で機能する等級制度と役職の2種類の肩書きに生き残っているのではないかと推論を展開。史実からは,義経にとって頼朝に無断で授かった官位は「毒まんじゅう」に作用したと論じている。戦国時代では,官位を付与することで立場を維持しようとした朝廷と,権威を得て武力制覇を狙う武将たちとの間で,相互利用の力学が働いたと読み解く。また,キャリアとノンキャリアを分断する“壁”の存在も時代を縦貫してうかがえるとし,日本的な人事の特徴の1つに挙げている。基本的には資料・史実の研究に軸足が置かれ,エンタメとは一線を画した記述ながら,歴史好きの人事担当者にとっては腑に落ちるツボも多そうだ。
●著者:遠山美都男/関 幸彦/山本博文 ●発行:朝日新聞出版
●発行日:2021年8月30日 ●体裁:新書版/395頁
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