書評 2022.10
人的資本の活かしかた
副題に「組織を変えるリーダーの教科書」とある通り,メンバーを人的資本と捉え,レバレッジをかけて利益をもたらすリーダーの役割・機能を解説した1冊だ。替えの効く人員の頭数をそろえ,そのやりくりに四苦八苦する旧来の中間管理職ではなく,勝利のために必要な個別の能力を調達し,チームで結果を出す新時代のリーダー像を想定し,「チーム経営責任者(TMO=Team Management Officer)」という独自の専門職を提案している。さらに,そのTMOが備え発揮すべき能力を7つ(@キャリア支援力,A強み発見力,B仕事アサイン力,Cチームビルディング力,D人材獲得力,Eオンボーディング力,F全体俯瞰力)に整理し,各ポイントを明らかにしている。これらの能力は企業の枠を越えて確実にアウトプットを創出できる「プロの管理職」として通用するポータブルスキルになるとも推奨。部下を引っ張る強いボスではなく「みんなの力を求める」スタイルが基本とされ,組織と個人の関係が変わる今の局面にフィットしたリーダーズバイブルといえる。
●著者:上林周平 ●発行:アスコム
●発行日:2022年8月12日 ●体裁:四六版/271頁
ほんとうの定年後
勤労者の定年後の働き方につき事実ベースで検証していく論考だ。第1部は公開統計資料から「15の事実」を並べ,とりわけ「70歳・男性は45.7%が働いている」と象徴的なトピックにスポットを当てる。年収や生活費の動向を追いつつ,働き続けることができれば老後資金の蓄財は不要だと見積もる。第2部では,60代・70代の7人の勤労事情をインタビューをもとに紹介(仮名・架空スートーリーで再現)。現役時代のキャリアと対比させ,週3日程度の肩書きのない現場仕事や趣味に近い自営業的な定年後の働き方をトレースしている。第3部では,先人たちがキャリアの転機にどう向き合ってきたかを総括し,当事者たちが健康を維持し,無理なく働いている現実を捉え,「小さな仕事」を通じて精神的には豊かな暮らしを手に入れていると肯定的に考察する。企業人事では年次管理からペイフォーパフォーマンスへ緩やかに移行が進み,社会施策では秩序ある労働市場の形成が模索されていると語るなど,白書ほど無機質ではない提言の伴った分析が読ませる。
●著者:坂本貴志 ●発行:講談社
●発行日:2022年8月20日 ●体裁:新書版/263頁
パワハラ依存症
本書の狙いはパワハラの加害者・被害者の深い心理構造を解明するところにあり,職場マネジメントの次元で予防・改善策を探る内容では全くない。加害者を病人と見なし「ネクロフィラス」といわれるフロムの学説を用いて特徴を整理している。例えば,完璧主義で,暗い見通しばかりに関心を持ち,人を励ますことができず,部下の小さな成長にも気づかない。人の物を奪い罵倒しても心が痛まない,人を騙して喜び,騙す相手がいる限り止められないと例示する。その究極の姿にテロリストを挙げ,パワハラ加害者はその一歩手前だと位置づける。加害者自身は会社も仕事も自分自身も好きではなく,病んだ心を癒やしたいばかりに行為に走り,アルコールやギャンブル同様の依存症だとされる。解決策は,本人が無意識に抱える憎しみに気づき不幸依存を断ち切ること。一方,被害者には,ファイトバック(反撃)し,心が触れ合える仲間を増やすようアドバイスしている。ただ,人は簡単には変わらないという前提での話であり,描かれている状況は重く厳しい。
●著者:加藤諦三 ●発行:PHP研究所
●発行日:2022年8月24日 ●体裁:新書版/239頁
どうすれば日本人の賃金は上がるのか
冒頭,著者は「給料について個人の裁量で変わる余地はほとんどない」と語り,所得を増やすには,社会の仕組み,とりわけ産業構造の変革に踏み込むしかないとの持論を展開している。実際,直近の為替レートで再計算すると日本人の給料はイタリアにも劣り,G7中最低を記録。米国との差は開き,韓国にも抜かれ,“ビッグマック指数”では中国より安い国になったとはじき出す。この20年の低落ぶりは,産業構造改革という手術を避け,円安という麻薬でやり過ごしてきた政策のツケが表面化した結果だと批判的にみる。さらに,国内事情では,業種別・企業規模別・雇用形態別・年齢別・性別等で格差の実態を分析し,なおも古い産業を守り雇用維持を優先するつもりなのかと問う。単純化すると賃金を上げるには「稼ぐ力=付加価値=粗利益」を向上させるしかなく,「生産性を高める」ためには,新しい技術とビジネスモデルを生み出す必要があると明確な結論を導いている。「成長なくして分配なし」という強い覚悟を持てるかどうか,そこが問題だ。
●著者:野口悠紀雄 ●発行:日経BP
●発行日:2022年9月8日 ●体裁:新書版/255頁
HRM Magazine.
|