書評 2023.04
部下がイキイキと働く組織の作り方
副題の通り「人的資本経営・健康経営・ウェルビーイングを実現するための考え方」をレクチャーしてくれる1冊。自身が経営者の立場でもある著者は投資家目線も重ねて会社経営をシンプルに捉え直し,「利益の出るビジネスモデルで従業員に気持ちよく,長く働いてもらうことに尽きる」と表現している。このうち,給料を上げていけるビジネスモデルの構築を経営者の仕事,従業員が努力できる環境整備を人事の役割だと切り分けて整理。「今いる従業員のLife Time Value(生涯価値)を最大化させる」ために「粗利益の増加×離職率の低下×戦力化コストの低下」という方程式を提案している。またメンタルヘルスの重要性に触れ,休職率の低下は下手なコスト削減より効果があると理解を求める。従業員にはミッションやパーパスに意義を感じ,好きな仕事・得意なことで前向きにチームに貢献し,心身ともに健康であり続けてもらうのが結局,投資効率にかなう本筋だと見極め,最終章では4社の担当者インタビューを載せて取り組み事例の一端を紹介している。
●著者:刀禰真之介 ●発行:日経BP /日本経済新聞出版
●発行日:2022年12月14日 ●体裁:四六版/240頁
パワハラ上司を科学する
パワハラを測定する尺度,数値によるエビデンスなど学術研究の成果をベースにしながらも,勤労者の身近に即した記述で,対策手段にまで踏み込んだ注目の論考だ。学術的側面からはまず行為者の職位,性別,性格特性を分析していく。その過程では,スポーツの場以外でも攻撃性を発露する「有毒体育会系」の存在や,マキャベリアニズム・ナルシシズム・サイコパシーの3要素の高い「ダークトライアド=邪悪な性格特性」を取り上げ,管理者登用の段階でのスクリーニングを重視する。リーダーシップの分類からは,脱線型と専制型の危険性を挙げ,その上の階層が放任型であった場合が最も危ないと注意を促す。パワハラ行為の要素を個人と構造に分けて考察したうえで,組織的な対策では,気づきの研修などは幻想であり,禁止行為を明示し,文書による警告までが必要だと述べる。上司の立場の読者に向けては「パワハラ上司にならないためにはどうすればいいのか」と題した最終章に知見を寄せ,個別配慮型リーダーシップの発揮をアドバイスしている。
●著者:津野香奈美 ●発行:筑摩書房
●発行日:2023年1月10日 ●体裁:新書版/287頁
これから市場価値が上がる人
書名から,就職・転職を上手く乗り切り,出世するための遊泳術を想像するかもしれないが,著者の意図は少し違うようだ。「仕事ができる人・強みを伸ばせる人になる方法」を意識しながらも,(組織がどうであれ)個人がいかに強くなるかという点に軸足を置き,いわば哲学エッセイにも似たキャリアガイドが綴られている。ビジネスの価値は「お客様から喜ばれること×周囲が反対する仕事」で導かれると示したうえで,仕事の創造性は「盗み」(先行者の技術をコピーし,自分のアウトプットに応用する動き)に宿ると語り,「模倣」(情報をそのままパクる行為)との違いに「意志」の有無を指摘する。加えて,「言われたことができる人」と「工夫できる人」の違いに「目標意識」の差を挙げ,目標設定の精度を上げるTIPSを公開している。また,市場の変化に対応するフォーメーションチェンジこそ戦略人事の要であり,年功序列は論外だと自社での実践を紹介。翻って読者には「どこで働いていても抜擢される人材になりましょう」と誘いかけている。
●著者:北野唯我 ●発行:ポプラ社
●発行日:2023年3月6日 ●体裁:新書版/223頁
リスキリングは経営課題
DX人材ニーズ,人的資本開示の後押しでブームを迎える「リスキリング」の動向を概観しつつ,本質的な「学び」になっていない齟齬感を内外の研究・学説に照らして著者は考察する。日本の勤労者は,必要な教育訓練を受け,配属先に適応し,目標設定に関わり,努力もしているので,それ以上WILLを鮮明にして主体性を発揮しなくてもそこそこ能動的に仕事はできている状態にあり,その点がリスキリングと相性が悪すぎると指摘する。今,展開されようとしている「目標設定=スキル獲得=資格取得」という一直線のベルトコンベア式「工場モデル」の教育は,時代の要請に反すると警告し,学びたい人だけが学び,企業は不足するポストに個を送り込むだけになってしまうと,その先は孤独な自己責任論に行き着くだろうと悲観的に見る。そこで提案されているのが,「工場モデル」に対峙する概念「変化創出モデル」だ。他者を巻き込む創発的営みという学びの共同体機能は企業が担うべきだとして,コーポレートユニバーシティの進化に希望をつないでいる。
●著者:小林祐児 ●発行:光文社
●発行日:2023年3月30日 ●体裁:新書版/333頁
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