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年齢給を素直に認めよう

潟gランストラクチャ 代表取締役シニアパートナー 林 明文

 日本企業の給与では,年齢や勤続が重要視されてきた。定期昇給のように1年間勤務することによって月給が増額する仕組みを長年繰り返す構造であるため,必然的に年齢給要素が強くなる。もちろん昇給額は評価によって多少の差はつくものの,それでも大企業になるほどその差はあまりつかない。そのため等級・グレード間の給与幅が重複している企業が多く,結果として昇格よりも昇給を重視した仕組みになっている。

■「年齢給」を「能力給」と言い換える無理

 しかし,経営者や人事部門は,実際は年齢で上昇する構造を「年齢給」とは呼ばず,「能力給」「職務給」などと表現し,“年齢とは関係がない”という装いをしている。「成果・職務・実力重視」を標榜したという人事制度をみても,合理的と思われる給与差が実現できていない事例は圧倒的に多い。以前の制度で,年齢・勤続的要素が8割,成果・職務・実力的要素が2割程度であったとすると,この比率を7割:3割程度に変更することをもって,「成果・職務・実力主義」と表現しており,実態は未だに年齢給である。多くの企業では「職務重視」と言いながら,給与設計では上下に大きく重複する等級幅をとっており, 1つの等級に長年在籍していてもそれなりの昇給がある。このように,実際には年齢・勤続要素に基づく昇給なのに,これを「習熟昇給」などと言い,年齢給であることを素直に認めない。

■等級差がつかなければ高齢化で人件費は圧迫

 ところが,等級間の給与重複が激しいと社員の高齢化とともに人件費の上昇を招くため,最近ではこの上下幅を縮小するトレンドになってきている。それでも職務の違いによって階差が明らかとなるような給与構造を実現し,運用できている企業は稀だ。
 正社員は“期間の定めなき雇用”なので,定年まで雇用する契約となっている。こうした長期間のモチベーションを維持するために,年齢給的要素は一定の合理性を持っているともいえる。これを完全な職務給にするのであれば,各等級の給与範囲を縮小することになり,その分,昇格時に給与が大幅に増額する構造となる。これだと同一等級にとどまる限り,昇給は数年でストップする。最近の傾向では職務・実力重視という観点から,“昇格重視・昇給軽視”の人事制度が多くの企業で検討されている。このような職務・実力型は「適正人件費」あるいは「高齢化対策」という視点からは非常に合理的な仕組みに働く。
 反面,長期に昇給しない社員が多くなり企業活力が低下するリスクを抱えることにもなる。そのため給与が上昇しない高年齢・低等級社員に対して退職を促す“代謝施策”を導入する動きもあり,それが1つのソリューションパターンにもなっている。

■「年齢給」は否定される給与要素ではない

 しかし,多くの日本企業では長期雇用が義務化され重視されてきたことから,「良い加減の成果・職務・実力主義」,逆に言えば「年齢給的要素を認める人事制度」も重要な考え方として肯定されうる。
 現段階で驚くような成果・職務・実力主義を取り入れている企業は稀であり,今後も法律上の制約や雇用慣行から,年齢給的要素は完全には排除できない状況だろう。要は年齢給的要素と成果・職務・実力主義的要素の割合の問題である。この点を明確にし,コンセプト先行の実態が伴わない能力給や職務給に飛躍するのではなく,堂々と年齢給と能力給の割合を表示したほうが合理的で分かりやすいのではないか。年齢給を隠そうとする姿勢・考え方と実態が合っていないことが問題なのだ。少なくとも「年齢給」自体は否定される給与要素ではない。

(月刊 人事マネジメント 2012年9月号 HR Short Message より)

HRM Magazine.

  
青山学院大学経済学部卒業。トーマツコンサルティング鰍ノ入社し、人事コンサルティング部門シニアマネージャーとして、数多くの組織、人事、リストラクチャリングのコンサルティングに従事。その後、潟宴Cトマネジメント コンサルタンツ ジャパンの設立に参画、代表取締役社長を経て、2002年、潟gランストラクチャを設立、代表取締役シニアパートナーに就任。人事雇用に関する講演、執筆多数。主な著書に『人事リストラクチャリングの実務』(実業之日本社)、『雇用調整実行マニュアル』(すばる舎リンケージ)、『適正人員・人件費の算定実務』(中央経済社)、『よくわかる希望退職と退職勧奨の実務』(同文館出版)、『人事の定量分析』(中央経済社)など。

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