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「成果」の前に「学び」を

フライシュマンヒラードジャパン梶@パートナー / 多摩大学大学院 教授 徳岡晃一郎

 我々は「成果至上主義」に浸っていまいか? 1990年代から日本では長期雇用,経験重視の考え方が,「終身雇用」「年功序列」といったラベルを張られて葬り去られ,短期的成果こそが善であるという考え方が定着した。いや,正確に言うと,何とかその「正解」に合わせようと無理をして自分に言い聞かせ,反対しにくい雰囲気に陥っているのだ。
 むろん,成果をないがしろにし,表層的,画一的,封建的なかつての日本型人事をやってもしょうがない。が,成果の本質的な意味を評価せず,安易な成果至上主義に走っても意味がない。それは,米国型グリード(貪欲)追求の無残な結果を見れば明らかだ。そこではイノベーションでさえも,利益追求のツールになり下がった。金融技術のイノベーションがリーマンショックを起こし,EUの通貨危機をも招いた。またビジョンは重要だが,それが「自社の2 ケタ成長」では株主以外の人々を感動させられないばかりか,メンタル不全者を増加させる。
 世のため人のため,三方よし(自分よし,顧客よし,世間よし)といったイノベーションやビジョンが本来は重要なのだが,そうした視点は短期的成果至上主義の前では青臭い議論でしかない。しかし,それでは人類,社会にとっての真の成果は生み出せない。人々の犠牲の上に成り立ち持続不可能なことに成果主義が使われ,しかも人事部がそれを後押ししている悲劇的な構図がそこにある。

■Common good を達成する「成果」を問え

 では,成果の本質的な意味とは何か? 成果主義で個々人の生み出す成果の集合体が企業の社会に対する成果である以上,企業の成果の意味を問わずに,個々人の成果を単なる人事マネジメントツールとしてみることは倫理的ですらない。これはマイケル・サンデルの提示した「リバタリアニズム(自由主義)かコミュニタリアニズム(共同体主義)か」という問題にも重なる。私は,2009年に一橋大学の野中教授と“Strategy follows people.”という論文を発表し,「人の高質な思いこそが戦略の本質である」と説いた。この文脈で再定義すると,「成果とは知識である」と導ける。「知識」とは,真善美を求めるプロセスであり,現実の只中で何が良いことなのかを判断し,実行する人間の知恵,それを熱望する思いである。従って,企業の成果とは,時代の進化のなかで常に高度化し複雑になる地球や社会の課題を解決するための知恵と思いを生み出すことだといえる。「グローバルビッグイシュー」という表現がある通り,環境,食糧,貧困などの地球規模の課題にどう向き合うのか。人々のための共通善(Commongood)をどう達成するのか。こうした高次元の利益のための判断力(Judgment)が知識の根幹として重要になる。そのような高次元の利益のためにこそイノベーションは重要であり,ビジョンもそれを念頭に描かれる必要がある。

■人事の課題は「学習のデザイン」にある

 こうした発想を後押ししたうえで人事部は成果主義を語るべきだろう。それには,まず「学習能力」である。いったい何が社会にとって重要なのか,世界を見回し,シナリオを描き,自分の価値観を明確にして判断する力は,学習能力に依存する。成果主義の評価項目でも「学習結果」を最初に問うべきである。学習能力は,学びの刺激の質・量,学びの場,出会い,経験,人間関係力,コミュニケーション力,物理的環境などからなる。そのような「学びのトータルデザイン」こそ人事の課題だ。ダイバーシティ,グローバル化など目下の経営テーマもまさに学びの質や経験を高める契機といえる。そのような視点で人事を「再定義」していくことが重要だろう。

(月刊 人事マネジメント 2012年10月号 HR Short Message より)

HRM Magazine.

  
東京大学教養学部卒業,オックスフォード大学経営学修士。1980年に日産自動車に入社し,人事部門各部署,欧州日産などを経て,1999年より社内外コミュニケーションに関するコンサルティングで世界最大手のフライシュマンヒラードに転じ,人事,企業変革,社内コミュニケーションなどのコンサルティングおよびリーダーシップ研修などを提供。著書に『人事異動』(新潮新書),『チームコーチングの技術』(ダイヤモンド社),『ビジネスモデル・イノベーション』(共著・東洋経済新報社),監訳書に『知識構築企業』(ランダムハウス講談社),訳書に『リーダーシップ・コミュニケーション』(ダイヤモンド社)など。

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