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米国型人事の文化的背景とは

Philosophy LLC President 山口憲和

 日本,台湾,中国,タイ,インドネシア,インド。2000年から2003年まで筆者が米国系の人事コンサルティングファームで関わったプロジェクトの国々だ。筆者はその後,2004年に渡米。米国系のファームにいたので,そのまま通用すると思っていたら,あまりに人事の事情は違っていた。米国の人事の基礎はとにかく「訴訟を防ぐこと」。日本で“いかに人材を有効活用するか。輝く人材を創り出すにはどうしたらよいか”と議論をしてきたことを考えると,とても後戻りをしたように感じた。

■米国企業を取り巻く訴訟リスクの実際

 カリフォルニアでコンサルティングをしていると様々な訴訟の事例に出食わす。
【訴訟事例1】 成果が思わしくないスタッフを解雇したら,在職中のセクシュアルハラスメントで訴訟を受ける。担当者に伺うと,「訴状は全くの事実無根だ」という。なぜなら,「男性社員に抱えられて別室に連れて行かれハラスメントを受けた」と訴状にあるが,抱えて行ったとされる男性はとても小柄。一方で訴えている女性は大きく,どう見ても抱えて持って行けるはずはないのだという。この会社では結局,1年半にわたる訴訟の対応で,弁護士費用と示談金,合わせて3,000万円を使ってしまった。
【訴訟事例2】 ある企業で月に1回か2回出勤するパートタイムのスタッフがいて,成果が思わしくないことから解雇にしたところ,このスタッフは解雇後に企業を相手取って訴訟を起こした。実際には月に1回か2回しか出勤していないのに,訴状には「毎日出勤して残業をしていたのに残業代も賃金ももらっていなかった」とある。このスタッフの実際の行動を証明するためには,やはり1 年半程度裁判で戦う必要があった。そこで,裁判を戦って3,000万円を失うよりは400万円で示談にしてしまおうという解決策に落ち着いた。

■米国で「仕事基準」の人事制度が発達した理由

 これら事例を見てお分かりの通り,実際に起きたことより訴訟を受けるリスクのほうが大変に高い。そのため,米国の人事では訴訟リスクをいかに低くするかが第一歩であり重要課題になっている。訴訟の種は「ハラスメント」や「賃金」のほか,近年多くなっているのは「報復措置」である。例えば従業員がセクシュアルハラスメントを受けていると会社側を訴えてきた場合に,会社がその従業員を煙たく思って,解雇したり,左遷したり,給与の減額をしたりすることが該当する。訴えを無視して取り合わないということも「報復措置」と見なされる。
 また,昔から常に訴訟原因となるのが「差別的扱い」に起因するものである。人種,年齢,性別,等による差別的扱いから訴訟に発展するケースは大変多い。日本の人事は「人」をベースにした職能資格等級制度が多いが,なぜ米国ではJob Description(職務記述書)をベースとした「仕事」基準の人事制度が一般的なのだろうか? その大きな理由の1つは「差別をしないため」だ。キング牧師が「私には夢がある」と演説し,1964年に公民権法が成立した。この公民権法の成立が米国人事の基礎を作ったと筆者は考えている。例えば,人を採用するときに人ベースで給与を決定すると,それは「女性だからこの給与になった」「アフリカ系人種だからこの給与になった」と差別の原因にされてしまう。そこで「Job Descriptionをベースに仕事基準で給与を決めた」と説明できれば,それは差別にはならない。こうした問題の背景を理解しておかないと,形だけ米国型人事制度を取り入れても全く機能しないだろう。世界標準と思われがちだが,米国ゆえのお国柄,独自の文化が背景に存在しているのだ。

(月刊 人事マネジメント 2015年3月号 HR Short Message より)

HRM Magazine.

 
米国、日本、中国、台湾、タイ、インドネシア、インド等各国の日系企業に対して米国型人事制度の設計、導入、運営を支援する。2004年からロサンゼルスに拠点を移し、米国人事に欠かせない保険のライセンスも取得することで日本からの進出企業のサポートを総合的に行っている。群馬県立高崎高等学校卒業。東京外国語大学 外国語学部 中国語学科卒業。中国 復旦大学 国際文化交流学院修了。慶應義塾大学 大学院 経営管理研究科 修士課程修了(MBA)。全日本空輸株式会社(ANA)Mercer 等を経て現職。共著書に『優秀人材の囲い込み戦略』東洋経済新報社がある。

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