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経営ビジョンが熱すぎませんか?

ブラッシュアップ・ジャパン(株) 代表取締役社長/20代の転職相談所 所長 秋庭 洋

■経営ビジョンは離職防止の抑止力になりえない

 20代に特化した転職支援サービスを手掛ける弊社には,20万人を超える転職希望者が登録しており,毎日たくさんの若者が転職相談にお見えになります。
 ご存知のように,今や新卒就職者(大卒)の3人に1人が,3年以内に離職し第二新卒者として転職活動に取り組む時代。手間ヒマかけて採用した新入社員が,短期間で離職することになってはせっかくの苦労が水の泡。その損失は決して小さくありません。実際に,若手社員の離職防止や定着化について経営者の方から相談を受ける機会が大変多くなっています。
 早期離職を未然に防ぐには,経営ビジョンや理念の共有こそが大事だと考え,入社間もない新入社員に会社の考え方を熱く語り浸透を図ろうとする企業も少なくないようですが,今の時代においては逆効果だといわざるをえません。確かにこれまでは,全社一丸で経営ビジョンを共有し,それに共鳴し,「ひとつの塊」となる組織が,「強い会社」「いい会社」であると考えられてきました。しかし,今や終身雇用という考え方を経団連の会長が明確に否定する時代,新たに社会人となった20代の若者には「定年まで勤めあげる」という考えは毛頭ありません。定年までという前提がないため,今所属している組織の未来よりも,自分自身の未来(キャリアステップ)のほうが当然のことながら重要であり,今の職場環境に身を置くことで,3〜5年先ぐらいに自分自身が思い描く「理想の自分」になれるかどうかに最も関心があるというわけです。にもかかわらず,個々人の思い描く理想像はそっちのけで,「会社の考えに,頭のてっぺんから足のつま先までどっぷりつかりなさい」とばかりに,ひたすら自社のビジョンをすり込もうとすればするほど,熱いビジョンであればあるほど,そういった考え方に対する拒否感が強くなるというわけです。

■社員の思い描くビジョンをご存知ですか?

 新社会人を対象としたアンケート調査(日本生産性本部)では,「自分のキャリアプランに反する仕事を,我慢して続けるのは無意味だ」との質問に対し「そう思う」と答えた人は6年連続で増しており,2018年度の調査では過去最高の38%となっているのです(ちなみに2010年度は16.5%)。
 終身雇用や年功序列という価値観が「平成の遺物」となった「令和」の時代において,経営者(会社)や上司の役割は,社員に会社のビジョンや理念を熱く語り浸透をはかることよりも,20代の若手社員1人ひとりが思い描くビジョンに関心を持ちそれを認識したうえで,その実現のために「社会人1年目には何に取り組むべきか」「会社はどんなサポートができるか」を丁寧に説明してあげることなのです。急がば回れではありませんが,そういった取り組みこそが結果的に離職防止に効果的であるといえるでしょう。「果たして,自分はここで頑張り続けるべきなのか?」という迷いが離職の引き金となるわけですから,「なるほど,自分は当面ここで頑張るべきなのだ」と納得すれば,迷いは消え当面の定着へとつながっていきます。そして3年,5年と頑張ることで相応の力が身につき,力がつけば期待される,期待されればやりがいを感じる,という好循環が生まれるというわけです。
 もちろん,企業経営において経営ビジョンや理念は重要であり,その必要性までは否定されません。ただ,理念を共有することで離職が防止できるかというと決してそうではありません。会社のビジョンに個人を染め上げるのではなく,個人のビジョンを会社が支援していく時代が到来しているのです。

(月刊 人事マネジメント 2019年6月号 HR Short Message より)

HRM Magazine.

 
1967年大阪生まれ。(株)リクルート、人事コンサルティング会社役員を経て、2001年に第二新卒、既卒者をはじめとする若年層の正社員就職を支援するブラッシュアップ・ジャパン(株)を設立。自らも既卒・第二新卒者であった経験をもとに、報道情報番組および主要紙において、若年層の就職・転職に対するインタビューやコメントなど多数掲載。『20代の転職成功者は何から始めたのか?』『既卒なんてこわくない!』など著書も多数。あり、企業経営のかたわら、社会人講師として大学の教壇に立ち、新卒者の雇用のミスマッチ解消にも取り組む。近年はカンボジアで日本語を学ぶ大学生への奨学金支援事業を手掛けるなど、アジアにも活躍の場を拡げている。

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